唐澤塾
唐澤豊が情報通信技術+経営術+人生術+創造性を中心に一期一会を追求する私塾
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アメリカ民衆史の専門家が語る戦争と平和
9月28日配信のTUP549号は「ハワード・ジン、帝国の拡大限界を語る」というものでした。
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/595

ハワード・ジンというのは、米国民衆史の専門家ということですが、そのインタビューをしたトム・エンゲルハートは以下のように紹介しています。

彼は、白髪がモジャモジャ、背が高く痩せている。ファシズムに対する大戦では爆撃手を務め、それ以後ずっと、アメリカの戦争に反対しつづけてきた復員軍人だが、道を拓く先駆的な書『民衆のアメリカ史』上下巻[明石書店2005年1月刊]《*》の著者として、私たちの歴史を貫いて繰り返し湧きあがってくる、思いがけない抵抗の声を汲みあげる筆達者として名高い。荒涼とした世紀の研究専門家でありながら、(10歳は若く見えるが)齢83歳にして、後ろ向きの姿勢がまったくうかがえない。声は穏やかで、明らかに自分自身を話半分に受け止め、みずからの意見を開陳するとき、皮肉っぽくクスクス笑う。
折に触れ、ある考えが自分で気に入り、年輪を刻んだ顔が輝いたり、誠意あふれる笑いが弾けたりするとき、まるで少年のようだ。


民衆のアメリカ史:
http://www.hanmoto.com/bd/ISBN4-7503-2055-2.html

詳しくは、上記TUPのサイトでお読み頂ければと思いますが、特に注目すべきところを抜粋転載してご紹介します。

帝国の拡大限界

【TD】あなたが60年代に関してハッキリとお書きになった論点、戦争犯罪の話題に移らせてください。だが、当時の大勢として、“戦争犯罪”は、ものごとの最後に登場し、最初に幕引きされる告発の対象でした。私たちは、この数年の間に、アブグレイブやグアンタナモからアフガニスタンまで確かに数多くの犯罪を見聞しました。戦争犯罪がテーマになると、アメリカ人は不完全にしか追及しないのはなぜなのか、私は不思議に思うのです。

【ジン】米国では、それ――戦争犯罪、戦争犯罪人――は、向こう受けするにはあまりにもつらいテーマであるように、ほんとうに思えます。指導者たちが間違っていると発言する意欲はありますが、もう一歩踏み込んで、指導者たちが悪徳であると言うのは大きな飛躍です。アメリカ文化においては、残念ながら、大統領や雲の上の人たちはきわめて特別な存在であり、間違いは犯すかもしれないとしても、犯罪者にはなりようがないという、君主至高主義的な考え方があります。国民がベトナム戦争反対に転じたあとですら、ジョンソンやマクナマラ(国防長官)、その他が戦争犯罪人であると言う論議は広がりませんでした。これは、大統領とその配下に服従するというアメリカ文化と関係があると私は考えています――この一線を超えると、国民は考えるのを拒むのです。


なるほど、米国人はこういうものなのかと参考になりますね。
そして更に「戦争の根絶」について、次のように語っています。

【TD】戦争の問題に話題を移したいと思います。考えうる戦争の根絶を純粋に夢想的な計画でないものとして、あなたは書かれました。戦争を根絶やしにできるとほんとうに信じておられますか? それとも、戦争は私たちの遺伝子に組み込まれているのでしょうか?

【ジン】私に分からないことはたくさんありますが、ひとつのことは非常にハッキリしています。戦争は私たちの遺伝子に組み込まれているのではありません。私は、男性心理には、この種の暴力や軍国主義を求める何かがあると主張する説明を読めば、いつの場合でも、たとえそれが戦争に参加した人たちのものであっても、信じることができません。私はこのことを歴史的経験にもとづいて言っているのです。つまり、これはたいがい男ですが、暴力的行為におよび、戦争に行った人びとの例を、戦争に行かず、戦争を拒否した人びとの例に比較すると、人びとは自然に戦争を望んでいるのではないようなのです。

人びとは戦争に付随する多くのもの――仲間意識や、武器を帯びるスリル――を欲しがるかもしれません。これが国民を惑わせていると私は考えます。スリルや仲間意識、こんなものはすべて数多くの別の方法で味わうことができるのです。だが、国民が戦争に駆立てられるように操作されていときだけ、それらのものは戦争に由来するとされるのです。私にとって、生まれつきの戦争本能説に対する最強の反論は、政府が国民を戦争に駆立てる手段として頼らなければならない、ごく最近、私たちが見た実例にあるような膨大な量のプロパガンダや詐欺行為の程度にあります。それに、強制力も忘れてはなりません。だから、私は、戦争を好む自然な傾向という説を切り捨てるのです。


人類は戦争からは逃れられない、戦争は永遠になくならない、という意見の人が結構多いように思いますが、上記の彼の意見に私は納得できました。
それは下記のような戦争体験に裏付けられているから、説得力があるのだと思います。

【TD】あなたご自身が戦争に行かれた……

【ジン】私は20歳でした。第8航空軍団に所属し、戦争の最後の任務のいずれかでイングランドから飛びたったB17爆撃機に、爆撃手として乗り組みました。私は、若く先鋭的な反ファシズム主義者として参戦し、あの戦争を信じ、ファシズムに対する正義の戦争という思想を信じていました。私は、戦争の終わりに、私たちが従事していた暴力行為、各地の都市の爆撃、ヒロシマ・ナガサキ、私が任務を遂行していた爆撃は正当とされうるのか、疑問を抱きはじめました。

次いで、私は連合国指導者たちの動機を疑うようになりました。彼らはほんとうにそれほど深くファシズムが気掛かりだったのだろうか? 彼らはユダヤ人のことを心配していたのだろうか? これは帝国のための戦争だったのだろうか? 空軍で、私は別の爆撃機に乗りこんでいた若いトロッキストに出会いました。彼は私に「いいかい、これは帝国主義戦争だ」と言いました。私はいささかショックを受けました。「おや、あんたは航空任務に就いているんだ。どうしてここにいるんだ?」と私は言いました。彼は「君のような人たちに話すためにいるのさ」と彼は応えました【笑い】。彼は私を転向させたわけではありませんが、少しばかり揺さぶりました。

終戦後、歳月が過ぎるうちに、私は、戦争が実現するとされていた約束について、いやが応でもじっくり考えるようになってしまいました。周知のように、マーシャル将軍が、私――それに、他の1600万人の人たち――に宛てて手紙を発送し、私たちに戦勝の祝辞を述べ、今や世界は変わると語りかけました。5000万人の人びとが死にましたが、現実として世界はそれほど変わっていませんでした。つまり、ヒットラーやムッソリーニは去り、日本の軍事機構は崩壊しましたが、ファシズムと軍国主義、それに人種主義はいまだに世界中にはびこり、戦争はいまだに続発していました。

そこで、私は、戦争というものは――おや、われわれはファシズムを打倒したとか、われわれはヒットラーを排除したとかいうふうに(まるでわれわれはサダム・フセインを排除したと言うみたいですね)――どれほど即効薬になるにしても、どれほど熱意を掻きたてようとも、事後の効果はドラッグ類のそれと同じであるという結論に達しました。まずハイになりますが、やがておぞましい状態に沈んでしまうのです。だから、いかなる戦争も、邪悪に対する戦争ですら、どんなこともたいして達成しないと私は考えはじめました。長い目で見て、戦争は問題解決になりません。戦争してる間に、膨大な数の人びとが死にます。

それに、近代軍事技術という条件下では、戦争は不可避的に子どもたちに対するもの、民間人に対するものになるという結論にも達したのです。民間人と軍人の死者数を比較すると、第二次世界大戦では50対50だったのが、ベトナム戦争では80対20、現在ではたぶん90対10へと、民間人の割合が高くなっています。あなたは、イタリアの戦場外科医、ジーノ・ストラーダをご存知でしょうか? 彼は "Green Parrots: A War Surgeon's Diary"《*》[『緑の鸚鵡〈オウム〉――戦場外科医の日記』を執筆しました。彼は、アフガニスタン、イラク、その他の場所で戦場外科に携わっていました。彼が手術を施した人びとの90パーセントが民間人でした。この事実を直視すれば、現在では戦争は常に民間人に対するものであり、したがって子どもたちに対するものなのです。

いかなる政治目標も戦争を正当化できません。だから、私たちの時代の人類が直面している大命題は、専制政治や攻撃性の問題を解決すること、しかもそれを戦争以外の方法で達成することです。【静かに笑う】 非常に複雑で困難な仕事ですが、着手しなければならない課題です――そして、これこそが、第二次世界大戦終結からずっと、私が貫いてきた反戦運動参画の論拠になるものなのです。


こうした声が米国から広がっていることには大変心強く思いますが、翻って日本の現状はどうでしょうか?
政治評論家・森田実氏のサイトには、総選挙とその後について、色々なことが書かれています。
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/

その中で、

2005.9.24
2005年森田実政治日誌[359]
日本の政治に関する米紙NYタイムズ報道に抗議した日本外務省のナンセンス


を読むと、外務省の官僚のアホさ加減がわかります。
そして、今起こりそうなことは、安易に憲法を変えて、戦争のできる国にしてしまうのではないか?ということです。

2005.9.25
2005年森田実政治日誌[360]
民主党の前原代表は、自民党と協力して憲法改正を行おうとしている/民主党が前原氏を危険な右翼的政治家であることを知っていて代表に選んだとすると、民主党は第二自民党になる。前原民主党は危険きわまりない改憲政党である。そんな政党ならいらない。民主党はそうなってはいけない


そして、今回の総選挙の総括が9月20日発売の『経済界』10月4日号に「森田実の永田町風速計」として掲載されたものが下記のタイトルで掲載されています。

2005.9.29
2005年政治日誌[366]
9.11総選挙の歴史的意味


森田氏は毎日どんどん更新されていますので、1週間分を読むのは大変ですが、週末にでもじっくりお読み下さい。

唐澤豊@唐澤塾
http://sohmokutoh.blog9.fc2.com/
http://www.irisa.com/jp/

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MITメディア・ラボが100ドルのLinuxノートPC開発活動の団体を設立
日経BP社のITProサイトのUSAニュース・フラッシュによると、
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/USNEWS/20050929/221874/

MITメディア・ラボが100ドルのLinuxノートPC開発活動の団体を設立,「発展途上国の子供全員にノートPCを」

とのことです。
え~っ、本当に100ドルになるの?というのが最初の疑問でしょう。

低価格化を実現する工夫の1つとして,廉価版DVDプレーヤなどに使われる液晶画面(LCD)の採用が挙げられる。このLCDはカラー表示のほか白黒表示も可能で,直射日光のもとでも使用できる。部品コストは約35ドルで済むという。さらに添付ソフトウエア数の削減と,数100万台規模の大量生産,各国の教育省への直接販売により,価格を抑える。

ということです。
そして発展途上国ってどこ?という疑問に対する答えは;

当初,中国,ブラジル,タイ,エジプトを対象とし,試験運用では対象国をいくつか追加する。2006年末から2007年初頭に出荷を始め,少なくとも100万台の受注を目指す。その後,1億~2億台の提供を目標とする。

ネットワークのインフラも整備されていないこれらの発展途上国でどうやってインターネットと繋ぐのか?という疑問が次に浮かぶと思いますが、答えは;

独自開発のPtoP型メッシュ・ネットワークを構築する機能により,各パソコンが互いに通信できるようにする。インターネット接続を極めて低価格で実現する方法の研究も進める。

ということで、それぞれのノートパソコンが基地局になるP2P型のネットワークを考えているようです。このプロジェクトに参加している企業は;

活動には米AMD,米Brightstar,米Google,News社,米Red Hat,MITの2B1 Foundationが協力する。

だそうで、アンチ「ウィンテル」連合という感じですね。これらの株は今が買い?かも知れません。そして以外に早く実現されそうで;

米メディアの報道(InfoWorld)によると,100ドル・ノート・パソコンの試作機は2005年11月に完成する予定という。

ということですから、今後の展開が注目されます。
これと、アプリケーションをネットワークから提供する、いわゆるASPと組み合わせると、更に面白いことになるだろうと思います。

デスクトップの機能をネットワークが吸い取る---MicrosoftがGoogleを恐れる理由:
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20050928/221842/

パソコンの時代は終わった、これからはバイオだ、ナノテクだという人もおりますが、まだまだパソコンは始まったばかり、というパソコンの父、アラン・ケイの言葉が思い出されます。

唐澤豊@唐澤塾
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災難の中から、ついに浮かび上がった911の真実
メルマガTUPの最新号は「非難を浴びる9-11の嘘」というものです。
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/597

WTC(世界貿易センター)の守衛だったウィリアム・ロドリゲスさんが、9‐11委員会で証言したことが報告書に記載されなかったため、彼の話は1時間のスペシャル番組としてABCラジオとその全国ネットで放送され、多くの人が知ることになったのだそうです。

詳しくは、上記サイトでお読み頂ければと思いますが、衝撃的な話の中心となる部分を以下に抜粋転載します。

ノース・タワー(北塔)の最後の生存者であるロドリゲスは、「上階に飛行機が激突する前にタワーの半地下で爆発が起こった」と語ったのだ。彼の話は政府、主流メディアと9-11調査委員会によって組織的に隠蔽されてきた。

「彼等は、政府側の話を真っ向から否定する私の証言を無視するために、権力を駆使してなんでもやりました」とロドリゲスは、群集が「真実を語らせよ!」と叫ぶ中で述べた。

「私のほかに少なくとも27人、爆発を聞いたことを証言できる人間がいます。その誰もが9-11調査委員会から完璧に無視されてきたのです。それにコップから最後の一滴がこぼれ落ち――非公開の委員会で去年私が証言したことが最終報告書に載せられなかったとき、真実を見出す希望がすべて失われたことを悟りました」


これは軍か諜報機関が関与していた可能性を示唆する重大な証言です。

また、現役パイロットも参加している飛行機の好きな人の集まりに参加している人の話では、ジャンボ機をツインタワーに、あれくらい正確にぶつけることは、熟練のパイロットが、訓練用のフライトシュミレーターで何度やっても無理だそうです。考えられることで、実証されたのは、ビルに誘導装置を設置する場合だけだそうです。

これもますます軍か諜報機関が関与していたことを仄めかすものですが、そういう情報が漸く少しづつ出て来るようになった感じがします。

しかし、まだまだ真相を知るには時間が掛かりそうですね。

唐澤@唐澤塾
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カトリーナの襲来で軍用イルカが逃げ出した?
今日の日経新聞のコラム「春秋」に恐ろしいことが書いてありました。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050927MS3M2700227092005.html

それは以下のようなものです。

 軍用イルカなるものが、本当に存在するのだろうか。英紙オブザーバーなど複数の新聞が、超大型のハリケーン「カトリーナ」の襲来で、米国の海軍施設で飼育されていたイルカが、メキシコ湾に逃げ出した可能性がある、と伝えている。

[中略]

▼気になるのは、イルカそのものを、武器や兵士に仕立て上げる構想である。機雷の探知などの防御的な利用と違って、爆弾を背負って敵艦に向かうイルカ部隊など想像するだけで気分が悪くなる。ハリケーンで逃げたイルカは不審者を矢で攻撃する訓練を受けているというが、真偽のほどは定かではない。攻撃的な軍用イルカなど実在しないことを切に切に願う。

[後略]


メキシコ湾に逃げ出したイルカは、不審者を矢で射るという訓練をされているのだそうで、ダイバーなどが襲われる可能性があることになります。

春秋にも書かれていますが、日本やイヌイットなどが昔から食用にしていたクジラの捕獲には文化の違いも考えずに、食べるのは可哀想だからということで反対しているくせに、イルカを軍用に訓練することには反対しない米国の動物保護団体は論理が矛盾していますね。こういうことに反対しないで、何が動物保護か!と思います。

唐澤豊@唐澤塾
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田中宇の国際ニュース解説より「何も知らない日本人」
「国際ニュース解説」の田中宇氏の最新メルマガ2通は、一見、アメリカ単独覇権主義が進んでいると見える国際情勢だが、実は軍産複合体の資本家たちは多極化を目論んでいるのだろう、ということを述べています。

まず、ひとつは2005年9月23日配信の「北朝鮮6カ国合意の深層」というものです。
http://tanakanews.com/f0922korea.htm

その中で、田中氏が指摘しているのは、様々な国際政治の場での合意事項などがどう報道されるかで隠された真実がわかると述べています。

実際には非常に意味の大きい合意であるにもかかわらず、マスコミ報道では「意味のない合意」として素っ気なく処理されてしまうケースが、ときたま出てくる。関係諸国が、こっそり問題を解決してしまいたいときに、このような手法がとられる。

最近、こうした「こっそり型」ではないかと私が感じたのは、9月19日、北朝鮮の核兵器疑惑をめぐる6カ国協議が合意に達し、発表された共同声明である。


この号のサブタイトルだけを列挙すると、以下のようなものです。

ポイントはアメリカの不可侵宣言
軽水炉と核廃棄どちらが先かという議論の裏
北朝鮮問題とイラン問題
国連安保理で決議できなければイラン侵攻?
中東を無茶苦茶にしても良いが、東アジアはダメ
多極化への道


といった興味深いものですが、この最後で述べているのが、実は多極化に向かっているという彼の考えです。

今回の共同声明は、北朝鮮が受け入れられる線で中国が文案を作り、アメリカに対して「この文案を受け入れなければ、アメリカのせいで交渉が決裂したということになる」と最後通牒を突きつけ、受諾させた。この経緯からは、東アジアの地域への影響力として、中国の主導権が確立し、アメリカの影響力が弱まっていることがうかがえる。これは、世界が多極化している兆候の一つである。

今後の朝鮮半島では、韓国と北朝鮮との直接交渉を中国とロシアがバックアップするという、アメリカ抜きの関係強化の傾向が強まると予測される。これは米政界内の、アメリカ中心の世界を貫きたい勢力にとっては、困ったことだが、世界を多極化したい勢力にとっては好ましいことである。


続いて、2005年9月27日配信の「米英を内側から崩壊させたい人々」でも、同様のことが述べられています。
http://tanakanews.com/f0927ukus.htm

この記事は英国のブレア首相のブッシュ追随路線から多極化を試み、そしてまた追随路線に戻ったという経緯が詳しく解説されています。そのサブタイトルを列挙しますと、

ロンドンの人違い射殺事件
失態を繰り返した英当局
悪いのはロンドン警視庁ではなく英軍特殊部隊
英与党議員「諜報機関は信用できない」
ネオコンと英諜報機関はぐるだった
ブレアの英米中心主義を破壊する諜報機関
イラクでの英軍の評判を故意に下げた襲撃事件
国家の理論と資本の理論
中国を応援する米の多極主義者
何も知らない日本人


ということで、結局は資本の理論が国際政治を裏で動かしている、ということですが、それを日本人の政治家や外交関係者も知らなさ過ぎる、それが第二次大戦へと突入してしまった要因であろうと述べています。

このように、どうやら世界は英米の中枢における欧米中心主義者と多極主義者のせめぎ合いや化かし合いによって動いている部分が意外と大きいようなのだが、戦後の日本では、こうした世界の仕掛けが全く読み取られておらず、日本人の多くは、欧米中心主義だけが世界を動かす戦略であると今でも勘違いしている。

米中国交正常化と改革開放が連携して行われていることなどから、中国ではトウ小平ら共産党首脳が世界の仕掛けをある程度把握していると思われる。それに比べ、日本は世界理解のレベルが低い。

(日本が無謀な第二次大戦に突っ込んだのは、世界の中心がイギリスからアメリカに移転したことを、当時の日本の上層部がほとんど気づいていなかったからで、そう考えると、日本人は戦前から世界の仕掛けを知らなかったことになる)


だから、もっと日本の関係者は研究しないといけない、と警告しています。

私自身、アメリカの中枢で多極主義者が動いていると感じ始めたのは、イラクが泥沼化したころからのことでしかないが、今年に入って世界の多極化傾向は、ますます拍車がかかっている。日本にも、この傾向を研究する人が政府や学界の中に増えていかないと、日本人は戦後営々と蓄積した富を、今後短期間のうちに失う結果になりかねない。

唐澤豊@唐澤塾
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ジュゴンやサンゴを守るため、沖縄・辺野古に基地を作らせるな!
沖縄の米軍基地を辺野古に作ろうという案に反対する署名運動があるということをMixiというソーシャル・ネットワーキング・サービスの自然との共生というコミュニティーで初めて知りました。

1万人の署名を8月末までに集めようとしていたようですが、まだ達成されていないとのことです。

そこで、期限を9月11日まで、延長したということですので、
賛同される方は、いろいろな手段で多くの人にお知らせ下さい。

以下に、投稿文を抜粋してご紹介致します。

美しい沖縄の自然、そして沖縄の人々の生活を脅かす基地建設が、 行われようとしています。
候補地である名護市辺野古のキャンプシュワブ沖は沖縄でも有数のサンゴ礁であり、ジュゴンの餌場となる海草の生えている数少ない地域です。

多くの方がご存知だとは思いますが、今、建設反対署名活動がインターネットで行われています。
微力ながら、私も署名活動に参加しました。
(8月いっぱいにまで)に1万人を目標にしているそうですが、現在2千二百人足らずです。美しい沖縄の海を守るため、ご協力いただけたらと思います!
http://okinawa.peacefighters.org/

*期限が9月11日までになりました!!!
*まだ、可能性があります。一万人集めましょう!!

「アメリカ側からの建設案はどうやらなくなったようですが、日本政府は、一度決まった予算を使わないといけないため、意味のない工事をしようとしています。
膨大な税金を使ったため「消化」という公共事業ならではの、無駄なプロセスで、日本政府が白紙撤回を宣言しない限り、ボーリング調査と名前を変えた自然破壊は続きます。
この工事は、ジュゴン絶滅だけではなく、漁場の消滅、沖縄の珊瑚の破壊に繋がります。」


以上、mixiコミュ「ジュゴンを守れ!!」トピより抜粋

破壊、絶滅は一瞬にして簡単にできてしまうけれど、一度失った自然は、取り戻すために気の遠くなるような時間を要します。サンゴは一年間に平均0.8~80mmしか成長しないので、破壊されてしまうと元どおりに再生するまでに数百年もかかります。絶滅の危機にあるジュゴン、絶滅、ということはその種が絶えるということ。二度とその種が地球上に現れないことを意味します。どんな努力を重ねようと、帰ってはきません。

少しでも多くの声が、アメリカ、そして日本政府に届きますように。


唐澤豊@唐澤塾
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セントラルイースト東京2005が開催されます
独立行政法人・都市再生機構、岩手都市開発事務所長の小林さんは、仕事柄とは言え、日本中、どこに行ってもお知り合いがおられるという感じで、いつもびっくりさせられます。

そして今度も、島根県の産業振興のお手伝いをされている三島さんが主催されている八雲の会のメーリングリストに、ひょんなことから私も参加しておりますが、以下のようなイベントがあるということが流れて来ました。その情報源が小林さんで、またびっくりしたという次第です。

三島様、

小生の友人たちが、神田ー秋葉原界隈で10月1日から10日までセントラルイースト東京2005というイベントを開きます。

今回は3回目で、青山や六本木などのウエスト東京もよいが、日本の文化や生活の残ったセントラルイーストでのアートやデザインによる新しい地域の創出を図ろうという狙いで始めたものです。当地は、全国共通に活性化の期待される東京の「中心市街地」です。地方とのコラボレーションもその先にみているようです。

ホームページを見ていただいてもお分かりのように、若い人たちが参加して、結構な盛り上がりをみせています。
http://www.centraleasttokyo.com/

神田明神でもジャズライヴが予定されています。
お時間がありましたら、のぞいてみてください。
よろしければ、このご案内を八雲の会の皆様にもご供覧ください。

**************
独立行政法人・都市再生機構
岩手都市開発事務所長 小林
**************


このイベントは10月1日から10日まで、色々な催しがあるようですから、詳しくはサイトを見て頂くとして、秋葉原にTXが開通したこともあり、セントラルイースト東京を再訪されては如何でしょうか?
弊社も神田明神に近い場所にありますから、時間のある時に、いくつかのイベントを覗いてみようと思っております。

唐澤豊@唐澤塾
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「自給自足で晴耕雨網」が私の理想の生活
現代に繋がる人類最古の文明としては、紀元前9千年頃からのメソポタミア文明である。その遺跡などがあるイラクを米国は大量破壊兵器を保有しているという理由で攻撃し、多くの貴重なものを破壊してしまった。自国の歴史が浅いからということでもあるまいが、何と愚かなことをしたことか。人類はどこから来てどこに行くのか?という我々にとって永遠の課題に挑戦するためにも、最古の文明の足跡は大事にすべきであった。メソポタミアはシュメール人がかの地で農耕を始めたことから発達し、都市国家を形成し、楔形文字も発明したが、都市国家間の戦争が絶えず、衰退したと言われている。人類の歴史は戦争の歴史と言っても過言ではない。1万年以上の時を経てもなお、人類は戦争をしており、永遠に逃れられないと考える人も多いようだ。しかし、戦争は無くそうと思わなければ、永久にできないだろうから、人類の叡智を集めて、解決法を模索し続ける必要がある。

人類は、恥じらいの意識が芽生え、裸体を隠すために衣服をまとった時から本来持っていたかも知れないテレパシー通信能力も退化したという説もある。個々の人間が何を考えているか、テレパシー通信ができれば誰でもわかってしまうので、悪いことはできない。だから、争いも無く、悪人もいない平和な社会を構築するためには、テレパシー通信の研究をして、誰でもができるようにし、ガラス張りの社会にすることが、ひつつの方法ではないか。しかし、テレパシー通信の開発が難しい場合、ガラス張りの社会を構築するための代案を考えなければならない。

現在の情報通信社会では、ウィルス・メール、迷惑メール、詐欺メール、恐喝も含む振り込め詐欺、ネット上の不法売買、誹謗中傷、など様々な問題があり、プライバシーを多少犠牲にしても、安心と安全を手に入れたいという人もいる。なぜ、こういう事態になってしまったかと言えば、色々な理由があるだろうが、匿名性が守られている世界であるからだ。情報通信社会が実名性であれば、従来の実社会以上に、証拠となる情報が残るデジタル方式であるから、悪事を働いた場合の検挙率は高いだろう。

しかし、プライバシーと表現の自由については、守られなければならないと信じている人の方が圧倒的に多く、何のための権利かも考えずに、ただ闇雲に守られるべきだと言っているように聞こえる。誰かひとりでもいいから世の中の人のためになるなら、いかなる表現も自由であると言えるが、誰の役にも立たないものを表現してそれも自由であるとは言えないだろう。また、実社会では、住所、氏名、生年月日、電話番号など、プライバシーと考えられている情報の一部は本人が信じている程は守られていないのである。ハンコ社会の日本では三文判が誰でも買えてしまうので、委任状などいくらでも偽造できてしまう。また、様々な名簿が売買されているのは放置されたままである。興信所・探偵社と称すれば、他人のプライバシーについて、情報提供する人は多い。これでは、住民基本台帳情報などはプライバシーと呼んでも、現実にはそれらの情報が欲しい人にはいつでも得られる状況である。また、一部の企業では、給料も全ての社員に公開しているところも出始めているように、公開してしまった方が人事問題も起こらないという考え方もあるくらいだ。

これからの理想的な社会は戦争や犯罪の無い平和な社会である。そのためにはガラス張りのシステムや社会を構築することが必要だと考えるので、全ての情報通信機器にはシリアル番号を付け、利用者は住民基本台帳番号と併用して二重鍵方式の個別暗号化で通信する。そして、現在の住民基本台帳システムのように情報をやりとりするのではなく、公的機関か第三者機関で本人認証だけを行い、通信情報は個別に暗号化することで、完全な実名性とプライバシー保護とが両立できる情報通信社会を実現することが可能ではないか。

さて、ガラス張りの実社会とは、全員がお互いに顔を知っている小さなコミュニティーだと考える。それは昔の集落のような規模で、監視するつもりは無くても互いのことが見えている社会である。基本的なモノは、そのコミュニティーの中で自給自足して、物流も人の移動もなるべく減らすことで、省資源・省エネルギーが実現できる。そうしなければ、人類のエゴで地球が滅亡してしまうだろう。大昔の自給自足とこうした未来社会の違いは、外部のコミュニティーとは情報通信技術を活用して情報のやり取りができることである。

「人間は考える葦である」ならば、外部のコミュニティーとのコミュニケーションも必要ないだろうから晴耕雨読の自給自足生活をすればいい。しかし私は「人間は表現する動物である」と思っている。小さな子どもでも「ねえ、見て!見て!」と他人の注目を浴びたがる。ましてや大人になれば、それぞれが何がしか、表現したいという欲求は誰でも持っているだろう。昔は晴耕雨読であったろうが、これからは晴れた日は自給自足のために畑仕事をして雨が降ったらネット三昧という晴耕雨網の生活が理想である。

日本の山林や荒地・沼地以外の耕作可能な土地を国民一人当たりに均等に分けると、358平米(44,751Mm2/125M人)くらいになると計算できるので、4人家族では1,432平米となり、住宅用地を除いても、十分自給自足が可能と考える。どうしても自分は作物を作るのは苦手で向いていないと思う人は、農業が得意な人に貸して耕作して貰い、自分が食べる分の作物は農作業代を払って買う形にすれば良い。しかし、現状からいきなり全ての人が自給自足するようにはできないので、まずは道州制にして、道州内での地産地消を実現させ、次に県単位、そして郡単位へと小さなコミュニティーで地産地消を実現するという段階を経て行けば、50年~100年くらい先には実現できるのではないだろうか?

唐澤豊@唐澤塾
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神とコンピューター ~その類似性~ (17) 英語上達法
私が最初に入った東京エレクトロンという会社は、電子機器商社ということで、新人教育は技術系も含めて、貿易実務と会計・経理について、毎週土曜日は休みであったにも関わらず、経理部長と経理課長が交代で会社や部長宅で約1年間講義をしてくれた。我々が第2回目の新卒採用で、同期は8人いた。だから、色々な教育をトライアルとしてやってくれたのだと思う。その後、入社人数は増えていったので、2~3年後は、ここまでやっていなかったようである。今から思えば、休日返上でよく教えてくれたと感謝している。

また私はハードウェア担当であったにも関わらず、ソフトウェアの教育を半年程、関連会社の東京システム技研というソフトハウスで受けた。最後の課題はTBSに納入間もなかったIBMの大型計算機で給与計算プログラムを完成させることであった。この教育も、長期的見地でハードの人間もソフトを知っておいた方が良いだろうという配慮であったと思う。

その後、配属先であった技術部では半導体試験装置のプログラムから始めたのだが、「コンピューターをやるには、英文タイプくらいは一人前に出来ないと駄目だ」と社長に言われて、毎日昼休みは、先輩OLのタイプライター(当時はまだ手動式であった)と教本を借りて練習した。同年齢の男性はキーボード・アレルギーと言われるように、触ることすら避けているようだが、私の年齢で、ブラインド・タッチが出来ることは、今となると有り難いことである。でも最近はノートパソコンを使うことが多く、本当のキーボードとは大きさ、配列、ストロークが違うので、完璧なブラインド・タッチは出来なくなっているのが悲しい。

同期入社の仲間が、総務に配属されて、総務部長と交渉し、英会話学校に行くなら、費用は全額会社が出す、ということになり、もう1人の技術者と共に誘われたので、仕方なく、行くことにした。というのも、私は英語は中学校の頃は好きで、NHKのラジオを毎日聞いたりしていて、まあ得意の方であったが、入社当時は得意とは言い難かった。高校の英語は訳のわからないことばかり覚えなければならないので、余り好きではなかったが、ただ受験のためにやっていた。そして大学の英語はもっとひどいもので、古典英文学のような教材を翻訳するようなことや、英文法が別単位であったが、単位を落とさない程度にやっていた。それも教授が下駄をはかせてくれて、ぎりぎり60点の「可」を貰ったようなものだ。

英会話学校に通い始めると、最初の言い出しっぺは直ぐに行かなくなった。もうひとりもしばらくは行っていたが、結局途中で断念して、私ひとりになった。何とか話せるようになりたい、と思っていたからである。そこに前述したような、海外出張命令となった。

アメリカに行った時は、「ああ、何とか通じるではないか」と安心したのだが、先輩からは、「甘く見てはいけないよ、最初だから相手も気を使ってゆっくり話してくれるけど、2回目からはそうはいかないからね」と言われた。確かに2回目の出張の時は、やはり先輩の言葉通り、「あれ、こんなはずではなかった」とショックを受けた。

その後8ヶ月ほど滞在することになったので、「まあ、向こうに8ヶ月も住んでいれば、何とか上達するだろう」とタカを括って期待して行ったが、仕事では技術者との話で、それほど多くを語る必要もなく、週末は、インテルに働いていた日本人家族とつきあうことが多く、奥さん達がアメリカ人だったから、色々なパーティーなどには連れて行って貰ったが、結局それほど英語を使うということにはならず、8ヶ月の滞在の結果も大して上達はしなかった。

インテルでは、責任を持たされると共に、本社の人間と、電話での会議が頻繁に行われるようになる。何とかしないと、仕事に支障を来たす、というあせりの中で、中学校の頃買った、NHKの英会話の先生だった故松本亨氏の本をもう一度読んでみた。そこには、上達の秘訣として、2つのことが書かれていた。ひとつは鏡で自分の目をみながら、話す練習をすること。外人は会話の時、相手の目を食い入るように見るが、日本人は見ない場合が多いので、慣れておかないと、その場でたじろいでしまうのだ。もうひとつは、英語で考えることであった。

「英語で考える」と言われても、どうすれば良いのだろう?と思うわけだが、毎日寝る前や目覚めた直後にベッドの中で、今やりたいことや状態など、簡単なことを、従来のように日本語で考えてから英語に翻訳することは止め、英語で考えてみるのである。最初は、"I'm hungry.", "What shall I eat?", "I'm sleepy." など簡単なことしか浮かばないので、直ぐに限界が来る。しかしそれを毎日、1ヶ月ほど続けると、ある晩、英語で流暢に話している夢を見た。それからは、英語だけで自分の考えが出てくるし、相手の話もすんなり英語のまま理解できるようになった。高校の頃、余り単語を勉強していなかったので、語彙は少ないが、中学校程度の構文で十分会話は出来るのである。

それ以来、ビジネスに関する英会話では余り、苦労はしていない。ただ、悲しいことに、芸術や宗教や哲学となると、チンプンカンプンという場合もある。でも「もう一度言ってくれる?」と言うと、回転の速い人は、「あっ、こいつは今の表現では判らなかったのだな」と察知し、別の言い回しで言ってくれるから、何とかなるものだ。しかし、ジョークはわからないことが多いし、テレビのコメディーもわからないことが多い。これらはその背景となる文化や宗教も理解していないと無理なので、最初から諦めている。

英語上達の秘訣は「日本語と英語の翻訳をしないで英語で考える」ということである。私はそれからは、部下や新入社員には、この方法をやってみれば、必ず話せるようになるから、やってみなさいと言い続けているが、大抵の人は3日坊主で終ってしまって、実践できたという人間はまだいない。難点は多分最初のうちは、進歩がほとんどないので、諦めてしまうのだろうと思う。「継続は力なり」はここでも言えることなのである。

「英語で考える」を実践した時、なぜ私はこの方法が優れていると思ったのかというと、それは、コンピューターのデータベースの構築や人間の脳の仕組みと似ているのではないかと思ったからである。

一般的には、言語機能は左脳にあると言われているが、私は、英語などのような論理的な言語は左脳だろうが、日本語のように情緒的な言語は右脳であると思っている。今の日本での英語教育の方法だと、右脳に英語も日本語に混ざって入っていると思われる。英語だけで考えるということは左脳に英語の種を蒔き、少しづつ増やして行くと、ある日突然、右脳の中にごっちゃになっていた英語が全部データ転送されて左脳に納まるのだろうと思う。そうすると、左脳にある英語データベースを使って、聞くことも話すことも自由に出来るようになるのだろう。

私がこれを実践したのは、32才~33才の頃であるから、皆さんの中で、英語を何とかしたいがもう遅いだろう、と思っているならば、1ヶ月の辛抱だから、是非「英語で考える」ということを試してみて貰いたい。英語で夢を見ればその時が右脳から左脳へのデータ転送完了である。

唐澤豊@唐澤塾

森田実の時代を斬るより「総選挙総括」
何度かご紹介している政治評論家・森田実さんの「森田実の時代を斬る」ですが、総選挙が終わって、相当な危機感を抱いておられる様子が伝って来ます。その筆致はますます冴えています。詳しくは下記サイトでお読み下さい。
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/

これらの中から、是非皆さんに順を追って森田さんの文章を抜粋しながらご紹介したいと思います。

2005.9.20(その1)
2005年森田実政治日誌[350]
新たな政治状況に関するコメント――小泉政治の支持者・前原氏の民主党代表就任で、小泉独裁体制が完成する

 民主党が小泉体制になびいた。民主党が前原氏を代表に選んだことは、民主党が小泉体制に屈服したことを意味する。ネオコン前原代表登場により、民主党は「反小泉路線」を捨て、「第二小泉自民党路線」に向かい始めた。前原新体制がめざす方向は、小泉政権との対決ではなく、協調・協力・従属である。
 前原氏がめざすのは、戦略的には憲法改正、戦術的には官公労破壊。小泉路線と同じだ。これにより、小泉首相を中心とする平成版大政翼賛体制が成立する(民主党前原体制が官公労と官公労と密接な関係のある議員を切り捨てる方針を明らかにしたことにより、民主党の組合派が排除されるのは時間の問題である)。


以上は、総選挙後の総括のなかの一部ですが、余り報道されていないと思われますので、ご紹介しました。そして、下記は横浜での講演から、総選挙の総括部分の要旨ということなので、全文をご紹介します。

2005.9.20(その2)
2005年森田実政治日誌[351]
総選挙の結果をどう見るか(9月17日横浜における森田実講演の「総選挙総括」部分の要旨)
[9月17日午後、横浜市の「ワークピア横浜で講演した。以下は、その講演のうち総選挙総括部分の要旨である]

9.11総選挙は大政翼賛選挙だった

 8月上旬から9月中旬にかけて全国各地を回り、講演し、多くの人々と懇談した。この時、各地の80歳以上の高齢者が同じことを私に言った――「森田さん、今度の総選挙は昭和17年4月30日の翼賛選挙にそっくりだ。あの東条内閣が行った総選挙です。東条内閣は大政翼賛会に日本中のあらゆる組織を結集し、466の全議席を大政翼賛会推薦議員で独占するため、非推薦議員の選挙運動を制限し、時には弾圧した。今度の選挙はあの悪名高い翼賛選挙に大変似ている」
 昭和17年(1942年)4月30日の選挙のことを、私はおぼろげながら憶えているが、くわしくは戦後、文献や経験者の証言で、その“ひどさ”を知った。
 新聞も放送もすべて東条内閣を応援した。実業界も宗教界もあらゆる業界団体も東条内閣のもとに結集し、大政翼賛会の推薦議員を支援した。選挙の統括をする内務省は非推薦候補者の選挙活動を妨害し、官憲は容赦なく弾圧した。この結果、推薦議員の多数が当選し、新議席の約82%を占めた。この選挙における東条内閣の“勝利”が、東条内閣と戦争を長引かせ、戦争の悲劇を拡大した。
 80歳以上の翼賛選挙を経験した人々にとって、今回の選挙が、翼賛選挙の再現にみえたのは、第一に小泉政権側の広報機関と化して小泉首相をほめあげ、亀井静香氏や民主党など小泉政権の批判者を容赦なく攻撃したテレビと大新聞の姿が、当時の新聞・ラジオと同じく政治権力の手先に見えたからだった。
 第二に小泉政権を支持する大規模な企業選挙が、東条政権の手先と化した実業界の動きとダブって見えた。その他、宗教団体、医師会、農協など諸々の圧力団体が小泉自公連立候補のために選挙運動を行った。結果、亀井氏らの国民新党や岡田民主党は、昭和17年の非推薦候補と同じ立場におかれた。
 このなかで、とくに大活躍したのがテレビだった。テレビのバックには日米の巨大広告企業がつき、莫大な広告費が投入された。莫大な広告費はテレビ局と大新聞社をまるごと買収するほどの巨額に上った、との証言がある。この巨額の広告費は、日本国民の頭脳を変え、マインドコントロールするために使われた。日本国民すべてが「郵政民営化をすれば日本はよくなる」「小泉改革を行えば日本人は幸せになる」「小泉首相は偉大な政治家である」と考えるように、すなわち日本人を洗脳するために投入された。
 2005年9月11日の総選挙は、平成版翼賛選挙だった。昭和17(1942)年4月30日の大政翼賛選挙の再現だった。
 ただ大きな違いはあった。小泉政権とマスコミのバックにブッシュ米政権とウォール街の巨大ファンドがついていることだ。米の巨大ファンドが大金を出し、日本の政治を支配しコントロールしたことである。日本国民を小泉政権支持に向けるための大がかりな、いわばスパイ大作戦のような巧みな工作が行われた形跡がある。日本国民はテレビ・大新聞の小泉支援の大キャンペーンに乗せられたのだった。
 その上、大規模な企業選挙。地域の末端まで企業が動いた。日本の企業は選挙期間中、政治集団と化した。トヨタのトップまで鉢巻きを締めて選挙活動に精を出した。日本の企業の歴史に大汚点を残した。
 宗教団体も各種圧力団体も、小泉内閣の翼賛選挙に加わった。日本は1942年に逆戻りしたのだった。


大政翼賛会という戦前の実態をご存知の方のお話なので、説得力がありますね。そして、民主党の前原新党首と公明党・創価学会について、衝撃的なことが述べられております。

2005.9.20(その3)
2005年森田実政治日誌[352]
前原民主党は「改憲・右翼・従米・従小泉」政党になる危険を孕んでいる


これについては、サイトでお読み下さい。以下は、主要部分を抜粋転載してご紹介します。

2005.9.22(その1)
2005年森田実政治日誌[356]
米国、自民党・公明党、マスコミ、経済界、中央官庁による小泉大政翼賛体制の中核勢力――それは創価学会である  

 創価学会通の友人から情報が入った。以下のようなものである。
 公明党・創価学会は今回の選挙で日本の政治の実権を握った。得票数を伸ばしながらも議席を少し減らしたが、これは表面上のことだ。新聞のなかには議席数を重視して、公明党・創価学会限界説を唱えるところもあるが、「木を見て森を見ない」に等しいお粗末な議論である。
 じつは、公明党・創価学会は、今回の総選挙を通じて急激に勢力を拡大したのだ。今回の選挙を通じて、自民党と自民党系無所属の後援会名簿の多くを公明党・創価学会は手に入れた。というより、保守系無所属候補陣営と自民党候補陣営が、競い合うように名簿を公明党・創価学会に提出し、「比例区は公明党」と叫び、小選挙区における支持を願い出た。事情通は、「公明党・創価学会は日本国民の全政治地図を入手したに等しい」と語っている。
【中略】
 創価学会は日蓮正宗を信仰する仏教徒の集団である。この創価学会が一体化している小泉自民党はアメリカ型アングロサクソン型政治をめざしている。仏教は「不争」を基本としている。これに対しアメリカ型アングロサクソンは「闘争し、戦争し、相手を倒して支配する」ことを基本としている。本来ならアングロサクソン型小泉政治と仏教集団は同化できないものであるが、創価学会は仏教のなかでは独特の主張と性格をもつ集団である。戦闘を好み、敵を倒し支配することを基本とする戦闘的仏教集団である。ここにアングロサクソンとの一致点がある。
【中略】
 民主党内も小泉政権・創価学会との協調派が主導権を握った。創価学会という根の上に、自民、公明、民主を含む巨大な平成版大政翼賛体制が形成される。2005年9月以後、日本は危ない時代に突入したといえるだろう。
 ただし、日本国民がブッシュ米政権・小泉自民党・創価学会の広報機関と化したマスコミに騙されなくなれば、事態は変わる。決めるのは国民自身である。アングロサクソンと創価学会の同盟に支配されることは、日本文化の死滅につながる。日本国民は目を覚まさなければならない。


最後のところを読むと、背筋が寒くなる思いですが、森田さんが指摘されているように、我々はもっと色々な情報を集め、様々な角度から判断して、政府に頼らないように、自立しないといけませんね。

唐澤豊@唐澤塾
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「自民大勝させた国民の代償は高い」藤野さんのメルマガより
たまにご紹介している京増さんのメルマガ「京増弘志のかわら版」NO.1539号に、藤野滋さんのメルマガが紹介されておりました。

その050914号は「自民大勝させた国民の代償は高い」ということで、総選挙の代償について危惧されておりますが、同感です。

詳しくは下記でお読み頂くとして、その冒頭部分を抜粋転載致します。
http://blog.livedoor.jp/kyomasu123/archives/50067673.html

■自民大勝させた国民の代償は高い 050914
総選挙は自民党の圧勝に終わった。郵政民営化に焦点を絞り、造反議員と刺客
との対決を演出した「小泉劇場」に国民が酔った結果だが、その代償は高くつきそうである。これから国民を襲うもの、それは大増税、インフレ、そして戦争だろう。


こうならないことを願うばかりですが・・・。

唐澤豊@唐澤塾
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高田ケラー有子著“平らな国デンマーク~「幸福度」世界一の社会から~”(その2)
前回はデンマークの小学校入学前までの社会制度などをご紹介したので、今回はそれ以降のことです。

小学校・中学校を合わせた9年間が義務教育であるというのは日本と同じですが、一貫教育という点が違います。その後、10年目は、高校進学や職業教育のための準備期間で、約35%の生徒が行くそうです。これも小学校入学から受験勉強をしているような日本と違って、義務教育の前後に調整機関があるというのはなかなか良い制度だと思います。義務教育の最初の6年間は試験も成績票も無いのだそうです。日本のような詰め込み式の知育教育ではなく、体験することから子どもたちが自分で考え、自分で責任を持ち、楽しく生きることを前提にした「人が人として生きる喜びを感じることのできる教育方針」だということです。

それから、日本も昔は小学校の6年間はクラス替えは無かったのですが、最近は毎年替えている学校もあるようで、それは良くないと思っておりましたが、デンマークでは9年間はクラスも担任も同じ、ということで、一生の付き合いとなるような深い絆が生まれるし、担任は生徒のことを良く理解できるので、その後の進路相談にも的確なアドバイスもできるということで、これもなかなかいいことだと思います。

そして、放課後の活動としては、日本でも最近は増えている学童保育が3年生まではあり、4年生からはクラブ活動があるそうです。学童保育は体を動かすことが中心で、授業のようなことはしないそうです。

7年生以上から18歳までが参加する「青少年クラブ」という様々な講座があって、そこで学校では教えてくれないことを色々と学ぶことができるということです。これが青少年の社交の場ともなっているそうですが、大学入試が無いので、学校が受験勉強の場となっていないからできるのでしょうね。ただ、ここでも、高校卒業は一定のレベルに達していないとできないということで、大学入学のためのレベルは高校で達成させる、という方針も、義務教育の前後の場合と同様に、良く考えられた制度だと思います。

第8章は「小国から学ぶ」ということで、

・寝たきり老人を作らない国
・ゴミのない町
・子どもから借りている地球
・森が教えてくれること
・デザイン王国


という小項目を見ただけでも、デンマークから学べることはたくさんあることが想像できると思います。

これらの中から、「地球は親から譲り受けたものではなく、子どもたちから借りているもの」というアメリカ原住民のことわざをデンマーク人もよく使うということで、ちょっとした発想の違いですが、なかなか良い考え方だと思います。子どもたちから借りているのであれば、環境汚染や温暖化を放置するわけにはいきませんからねえ。

また、「森の幼稚園」という常設の施設があるとか「夜の森の探検ツアー」を毎年やっているといったことで、大人と子どもや青少年が一緒に活動する場をずっと維持していることも、先の「青少年クラブ」と同様に、子どもの社会力を高めるためには良いことだと思いますね。

デンマークに限らず、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーなども良い制度があると聞いていますので、日本の将来を考える上で、こうした国々の制度を再度学び、良いところは日本にも取り入れる和魂洋才を今こそ実現することが重要だと思います。

また、高田さんは、紙造形作家で、下記URLに彼女のサイトがありますが、なかなかユニークな、素晴らしい作品を造られていますので、こちらもご覧下さい。
http://www.yukotakada.com/

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いよいよヒラリー・クリントンが表舞台に登場!?
村上龍氏が発行しているメルマガJMMに、毎週土曜日『from 911/USAレポート』 を寄稿している冷泉彰彦氏の最新号「第215回」は、「911からカトリーナへ」というタイトルで、ハリケーン問題が共和党と民主党の政争の具になりつつある、という報告です。

中でもヒラリー・クリントンの発言で大きな変化が現れている、という点が、注目されます。以下にその一部を抜粋してご紹介します。

そんな中、集中砲火を浴びているのが、FEMA(緊急事態支援庁)という連邦組織です。ハリケーンの上陸直後から、ルイジアナに入って対策を指揮していたのが、このFEMAのマイケル・ブラウン長官でしたが、初動の遅れから始まって、市、州、連邦のコーディネーションがうまく行かずに、特にニューオーリンズでの被災者の救援活動が停滞した、その当面の責任がブラウン長官にあるというムードが強くなって行きました。

この「ブラウン批判」は被災3日目に、ニューオーリンズのスーパードームや、コンベンションセンターに避難した2万人と言われる被災者が水と食料の欠乏に苦しんだあたりから始まり、二度のブッシュ大統領の被災地訪問でも止みませんでした。そして、決定的になったのは今週半ばのヒラリー・クリントン上院議員の発言です。

それは「私が夫と共にホワイトハウスにいた8年間、FEMAは閣僚級の長官を擁した立派な連邦組織でした。それを、911以降の風潮の中で国土保安庁の傘下において権限を縮小したばかりか、大幅な予算カットと人員削減がされたのです」という批判でした。

被災地とは地縁の薄いヒラリーが、こんな形で渦中のFEMAを徹底攻撃する、これは表面的に見ると「ハリケーン災害を2008年大統領選への向けての政争の具にする」そのものの発言です。そしてその要素は否定できません。ですが、このヒラリー発言はある決定的な重みを持ったのです。

それは、ヒラリーが政治的なスターとしてのカリスマを発揮しているからではありません。民主党がヒラリーを全面に押し立てて政府批判をしようとしていて民主党員が支持を寄せているからでもありません。この指摘が、共和党と民主党の対立軸を浮き彫りにするものだったからです。

NYタイムスの解説によると、ヒラリーが批判したブッシュ政権によるFEMAのリストラは真実で、しかも共和党は政権奪取に際して、クリントン時代のFEMAを「大きな政府論による浪費の牙城」だとして、自分たちの「小さな政府論」の理想を推し進めるためにバッサリやったのだそうです。

ヒラリーに言わせると「90年代にはハリケーンを始め、様々な天災に対する救援活動の専門家が長官、副長官クラスにいたのに、全部解雇されて何も知らない素人ばかりになった」というのですが、その素人呼ばわりされたブラウン長官は、先週の時点で「FEMAの役割は直接の救援ではありません。市と州と州兵と軍が連携を取るためのコーディネーションが任務なのです」と言って、専門家がいないことは問題ではないし、自分たちは直接の活動はしないのが正当だと述べていました。

正に「大きな政府、小さな政府」の論争の典型です。この問題こそ、民主党と共和党の対立軸の根本であり、この問題で結集できれば民主党は、政治的な主導権を取り戻せる、そんな大問題だというわけです。確かに災害を政争の具にしているのかもしれませんが、こうした選択こそ政治の責任であるのだとすれば、災害の渦中にあっても堂々と論陣を張ることには一定程度の説得力が出るというわけです。


日本も総選挙が終わって、自民党が圧勝し、民主党は立て直しのため、若い前原氏を党首に選びましたが、米国の共和党と民主党という二大政党のように、論点は「大きな政府」か「小さな政府」かということにしないと、現状のままでは民主党は第二自民党という位置付けになってしまい、存在価値は薄れてしまうと思います。

以前、ある企業が主催したセミナーで、大前研一氏が講演し、当時は丁度米国の大統領選挙の後であったこともあり「日本の民主党も浪人となったアル・ゴアさんを党首に迎え、同じ民主党なのだからそのノウハウを教えて貰い、指導して貰う、くらいのことをしないと政権は取れない」と言っていたのが印象的です。

唐澤豊@唐澤塾
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ビル・マッキベン氏が警告する「カトリーナ後の米国」
環境作家で、地球温暖化に関する世界初の一般向け解説書、 "Wandering Home, A Long Walk Across America's Most Hopeful Landscape" をつい最近発表したビル・マッキベン氏が、ハリケーン・カトリーナがもたらした大災害、ニューオーリンズの水没は、地球が温暖化の新世紀を迎えたことを示していると警告を発する気象学者たちがいることを紹介しながら、

新世紀を賭けた能天気なギャンブラー
カトリーナ後の米国


という文をトム・エンゲルハート氏が主宰するTomDispatch.com
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?emx=x&pid=20027

に寄稿しているのを、TUPが翻訳して配信しています。
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/593

詳しくは、上記でお読み頂くとして、この中から、注目すべきところを抜粋してご紹介しますと、

10年前のことだが、環境問題研究者のノーマン・マイヤーズが、地球温暖化によって住み処を失う惧れのある人間の数も集計の試算に着手している。彼は、危険が自明な地域――中国沿岸部、インド、バングラデシュ、太平洋とインド洋の小さな島嶼〈とうしょ〉諸国、ナイル河デルタ地帯、モザンビークなどなど――を対象に網羅して調査し、2050年までに、1億5000万人の人びとが海水面上昇のために居住地を追われ、“環境難民化”すると予測した。これは、私たちが耐えてきたばかりの流血の世紀が大量に生みだした政治難民の数を上回っている。

これは何とも衝撃的な数字ですね。そして、今回のハリケーンについても警告を発していたハリケーン専門家がいたということです。

ハリケーンはどれひとつとして地球温暖化の“結果”ではない。だが、カトリーナ襲来の一月前、マサチューセッツ工科大学のハリケーン専門家、ケリー・エマニュエルが、現在の熱帯性低気圧は数十年前のものに比べて寿命が1倍半になり、風力が50パーセント増したことを示す画期的な論文を英国科学誌ネイチャーに発表している。考えられる原因はただひとつ――低気圧が発達する熱帯の海がこれまでよりも暖かくなったこと――だけである。カトリーナは、フロリダ半島を横断しているころにはレベル1のハリケーンだったが、異常高温の海水をたたえたメキシコ湾の海上で極限にまで発達したのである。ハリケーンは、勢力を維持したまま、ルイジアナとミシシッピに進路を向けた。

そして、米国の対応について以下のように警告しています。

今まで米国は、気候変動の進展を遅らせるだけのことにすら、まったく何もしてこなかった。科学者たちが地球温暖化に関する最初の先駆的な警告を発した1988年に比べて、わが国ははるかに多くの炭素を放出している。たとえ、その時点で、わが国ができることをすべて実行しはじめていたとしても、たぶん地球平均気温の華氏1度(摂氏約0.6度)の上昇を免れず、それだけでも現在の破局を招いていたことだろう。非常に近い将来に真に劇的な変化がなければ、今世紀が終るまでに惑星の水銀柱は華氏5度(摂氏2.8度)の上昇を見ると、現時点で科学者たちは予測している。これは、これまでの上昇分の5倍を超える。

更に、下記のような警告で結んでいます。

わが国の統治者たちは、物理や化学の法則は私たちに適用されるわけではないと、言葉と行為の両方を通じて主張してきた。このまやかしは今から立ち消えになりはじめるだろう。カトリーナは、私たちの新しいカレンダーの紀元初年、物的世界が確実で保証されたものから不安定で乱調子のものに変わってしまった時代のはじまりを告げている。ニューオリンズは、私たちが居住してきたアメリカのようには見えない。だが、私たちが、これから一生涯、住むことになる世界によく似ている。

しかし、他方では、二酸化炭素の放出量の増加が地球温暖化をもたらしているのでhない、二酸化炭素が大気中に増えれば、太陽エネルギーを遮断する効果があるので、却って気温は下がるはずだ、というのが反論する学者たちの主な意見です。

今回のハリケーンの場合も海面温度が上昇した結果、勢力が増大した、という因果関係については誰もが納得しそうですが、それと二酸化炭素量との因果関係を明確に結び付けるのは、なかなか難しいかも知れません。それでも、温暖化をこのまま放置しておけば、戦争による犠牲者よりも多い被害者が出る可能性が高いとすれば、世界の叡智を集めて研究し、対策を考えるべきで、戦争などしている暇はないはずですね。

唐澤豊@唐澤塾
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Googleニュースの良いところ
今回の総選挙の報道を見るにつけ、日本のマスコミ(テレビ・新聞・雑誌)は問題だということを折に触れ、何度か書きました。従って、最近はテレビのニュースも、アナウンサー、キャスター、レポーターの絶叫調が耳障りなことも重なり、なるべく見ないようにしています。

かと言って、まだ現役のビジネスをやっている以上、何も見ない、読まないというわけには行きません。最近気が付いたのですが、Googleが各社のニュースサイトから自動的に検索して作成している“Googleニュース”がなかなかいいですよ。
http://news.google.co.jp/nwshp?hl=ja&gl=jp

これは、同じトピックスについて、各社のニュースをアクセスの多い順で掲載しているようで、必ずしも読朝毎産日の主要5紙がトップに来るわけではなく、結構地方紙の場合もあります。多分、早くサイトに掲載した記事がアクセスが多くなる、ということではないかと思われます。

同じニュースを各社がどう書いているかも簡単に比較できますから、ジャーナリズムという面では、ぶれて来ている日本のマスコミですから、1紙だけを購読していると偏るでしょうが、こうして比較しながら読めば、後は自分でどう判断するか、ということになり、読む側のリテラシーも向上できると思います。

皆さん、“Googleニュース”を活用して、各社のニュースを比較して読み、リテラシーを上げましょう!

唐澤豊@唐澤塾
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高田ケラー有子著“平らな国デンマーク~「幸福度」世界一の社会から~”
村上龍さんが発行しているメルマガJMMに、『平らな国デンマーク/子育ての現場から』という海外レポートを寄稿されていた高田ケラー有子さんの文章は、デンマークの教育制度を垣間見ることができて、毎回新たな発見もあり、楽しみにして読んでおりました。
それが、今年3月の第26回を最後に、一応終了、ということで、残念に思っておりましたが、下記にありますように、今までのものが1冊の本にまとめられたということで、早速買って読んでみました。

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JMM [Japan Mail Media] No.335 Extra-Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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●寄稿家・高田ケラー有子さんの新刊を紹介します。

平 ら な 国 デ ン マ ー ク
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~「幸福度」世界一の社会から~

◆「世界一幸福度が高い」といわれるデンマークで暮らす驚きと喜び◆
~ 地形も平らなら意識も平ら(平等)。独特のぬくもりに満ちた社会の諸制度
や人々の生き方に驚かされ、支えられる日々。 ……NHK出版生活人新書
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こうして本にまとめられると、デンマークという国の社会制度の概要が理解できて、やはりいいですね。
日本では総選挙が終わり、自民党圧勝で、危機感を抱いた民主党は若い前原氏を党首として再建するとうことですが、前原氏の考えを新聞等で見る限り、自民党と大差ないように思え、差別化は難しいように思えます。
これからの日本を考える上で、対極的な考え方として主要なものには以下があると思います。
1) 基本的には全て民間に任せる低福祉・低負担の小さな政府を目指すのか、福祉・教育・医療などは国が面倒を見る高福祉・高負担の大きな政府を目指すのか
2) 憲法9条を堅持するのか、自衛隊を正規の軍隊とし、海外派兵も可能とするように改憲するのか
3) 福祉・教育は国の責任として行うのか、地方に委譲して任せるのか

最近、北欧の国々が元気ですが、基本的には高福祉・高負担の大きな政府型のようです。民主党が生き残り、二大政党制を実現させようとするなら、上記3点において、自民党と反対のビジョンを目指さない限り、国民からは同じ穴の狢と思われてしまうと私は考えています。

さて、話が逸れましたので、本題に戻ります。
まず、副題が“「幸福度」世界一の社会から”となっていますが、その理由が「はじめに」に次のように書かれています。

ロッテルダムのイラスムス大学の教授が毎年行っている幸福度調査で、2004年のデータとして、「デンマークは世界一幸福度の高い国である」と報じられていました。前回2位だったデンマークがマルタとスイスに並んで1位になったそうです。
【中略】
私は、この国に来て8年になりますが、生活環境の変化の中で最初に痛感したことは、「何て人間らしい生活なんだろう」ということでした。こんな生活ができたんだ、という新鮮な感動がありました。


この本を読んで、私も高田さんの感動を少しは共有しただけでなく、デンマーク社会の仕組みについて、大いに感心しましたので、皆さんも是非お読み下さい。社会学者などが論じているのではなく、生活者の実体験から書かれているところがわかり易く、貴重だと思います。内容は、以下の目次のようなものです。

第1章 平らな国の平らな意識
第2章 子育ての現場から
第3章 保育から教育現場へ
第4章 放課後の活動
第5章 高等教育制度
第6章 子供に関わる社会制度
第7章 気持ちの余裕に繋がる社会制度
第8章 小国から学ぶこと


この第2章に書かれていますが、妊娠から出産まで、全くと言っていいほどお金がかからないというのは驚きでした。日本でも少子化問題をどうするかというので、補助金を出す自治体も増えていますが、検診も入院も無料で、おむつも無料といった徹底ぶりで、なるほど、というか、流石にと思いました。

また第3章の幼稚園については、日本のように、園児一律に「はい皆さん次は○○をしましょう!」ということで教えることが中心ではなく、子どもの自由意志で遊ばせ、教育はしないとうことだそうです。ただ、人の話を集中して聞く時間をだんだんに増やしていくのだそうです。そして週に1度、小遠足があって、近くの森に出かけたり、浜辺を散歩したりと、自然に触れる機会を多くとっているということで、それは非常に大切なことだと思います。

また、幼稚園は大きな家というコンセプトで、リビングルームのような共同で使う広いスペースがあり、その傍らにはキッチンスペースもあり、園児がパンやクッキーを焼くこともあるそうです。その周りには「枕の部屋」とそれぞれのクラスのメインルームがあるということで、この枕の部屋(日本では布団部屋でしょうか?)とうのが、何ともユニークに思いますね。枕投げもできるけど、悲しくて一人で泣きたい時には、そこで泣くこともできるわけです。

幼稚園では基本的には何も教えない代わりに、小学校に入学する時には能力が同じになっているようにするため、ゼロ年生、というのがあって、そこで初めてABCから学習するのだそうです。そして、基本的には「学ぶことの楽しさを学ぶ」のが目的だということで、これも非常に大事なことだと関心しますね。そして、能力がまだ小学校1年生入学のレベルではない、という子どもはもう一度ゼロ年生をやる、ということで、日本では落第ということになるでしょうが、そういう感覚は周囲も親も無いそうで、小学校になって落ちこぼれにならないためにはいい、ということのようで、これもなかなか良いことだと思います。

まだまだご紹介したいことがありますが、それらはまた次回とします。

唐澤豊@唐澤塾
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【2005/09/19 07:20】 推薦図書 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) |
森田実の時代を斬る「憂国の声」より
以前にもご紹介している政治評論家の森田実さんのサイトに読者から寄せられた「憂国の声」の特集があります。
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/

その最新号に、朝日新聞の読者だった人が、朝日の変貌ぶりを憂いています。私は、実際に購読していないので、わかりませんが、最近の不祥事も含め、購読者が減っているそうです。下記にその読者の投稿の一部を勝手に抜粋して転載します。

2005.9.17(その2)
2005年森田実政治日誌[346]
「憂国の声」特集(40)
【6】MMさんの意見「50年来の朝日購読をやめました」

《「憂国の声」特集(38)のNO.14のAHさんは、自民党の勝利は「小泉首相の力」と朝日新聞は書いているが、一番の原因はマスコミの偏った報道姿勢だと断じておられます。また読売・産経のように権力の広報紙と化した新聞と違い、朝日新聞は良識のある新聞として信頼をされていたにもかかわらず、今回の選挙で洗脳を担当した自分たちの責任に触れず、今回の結果があたかも国民の判断であるかのように情報操作を行っていることは、実に姑息で汚いやり方だと指摘されています。
 ご意見に、激しく同感するものです。小生も、新聞が読めるようになってから半世紀、「朝日新聞」の熱狂的愛読者でした。しかし、今回の選挙に関する報道には、わが目を疑いました。とくに「社説」。政府御用新聞、「読売・産経」よりも小泉政権に擦り寄ってしまったと感じたのです。
 戦時中の誤った報道を反省し、「反権力」の姿勢を貫き、読者の信頼を得てきたたはずの「朝日新聞」。神戸支局の記者が言論弾圧の凶弾に倒れても、敢然として戦ったはずの「朝日新聞」。弱者の視線で平和を守り、権力の横暴を許さぬ姿勢を保持してきたはずの「朝日新聞」。
 最近は、サンゴ礁事件・メモ流失事件・捏造事件と不祥事が続き、タガのゆるみを感じてはいました。しかし、安倍・中川NHK圧力事件は、朝日の指摘が正しいと思います。自民党、なかでも最右派の安倍・中川氏ならやりかねないと思っているからです。
 どうして、こんなぶざまな姿勢に急変したのでしょうか。「購読中止」や「自民党の圧力」にあって、「背に腹はかえられなくなった」のでしょうか。郵貯・簡保の「340兆円」欲しさに、アメリカ資本が用意したという5000億円や、内閣官房費などが、大新聞や在京テレビ局、とくに、政治部記者にばらまかれたという噂もあります。日本の広告業最大手や某宗教団体の圧力も影響しているという話も聞こえてきています。真偽のほどはわかりませんが、もっともらしく聞こえるのは、どうしてなのでしょう。「朝日新聞」よ、いま目覚めなければ、「朝日オタク」から、輪転機を止めざるを得ない決定的な反撃を食うことになるだろう。権力迎合的社説を書いた論説委員の交代など、目に見える改革を断行しない時、私も「購読中止」の決断をする。


このように熱狂的な朝日新聞ファンを失うことになるとすれば、やはり朝日新聞社内部で何かが変わってしまったのではないかと推測されます。

また、西条八十作詞の童謡「かなりや」の替え歌を作った方の投稿も紹介されています。元々の歌詞を今、もう一度読んでみると、結構残酷なことを言っていたのだと、改めて思いましたが、この替え歌はほぼ元歌の歌詞を尊重して作られていますね。

【12】Kさんからのメール「することがなくなったの歌をつくりました」

「カナリヤの歌」 

♪使命を忘れたマスコミは
 良識の外にすてましょか
 いえいえそれはなりませぬ

♪使命を忘れたマスコミは
 希望のそとにすてましょか
 いえいえそれはなりませぬ

♪使命を忘れたマスコミは 
 侮蔑のむちでぶちかしょか
 いえいえそれもなりませぬ

♪使命を忘れたマスコミは
 堕落の船に エゴのかい 
 暗愚の海にうかべれば
 忘れた使命を思い出す


日本のマスコミはジャーナリズムに欠けていると日頃感じていましたが、今度の総選挙報道で、ますます信用を失墜したように思うのは、私だけではないようです。

唐澤豊@唐澤塾
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タルバガン 東京・大阪コンサート 間近!
北海道で民族系インディーズ音楽のプロデュースをされている田原さんから、喉唄のデュオ、タルバカンのコンサートのお知らせを頂きましたので、ご紹介します。
東京公演はもう直ぐですが、まだ間に合うと思いますので、生の喉唄をお聴きになったことが無い方は、一度是非お聴きになってみて下さい。


お元気ですか? 田原洋朗@北海道です。

「タルバガン」 http://tarbagan.net/
等々力政彦 (トゥバ音楽)+ 嵯峨治彦 (モンゴル音楽)
アジア中央部民族音楽ユニットの
東京22日 大阪25日 コンサートのお知らせです。

23日は、愛・地球博のファイナルイベント、ユーミン(松任谷由実)の
「ラブジアースファイナル」に、 嵯峨治彦 がゲスト出演決定。
24日、大阪・三角公園での、fmosaka「エコアンドミュージック2005」に、
2時から、 等々力政彦 が登場します。

───────────────────────────────
■ 東京  9月22日(木)  近江楽堂(初台・東京オペラシティ3F)
18:30開場 19:00開演  前売:3,800円 当日:4,000円
ゲスト:渡辺亮(パーカッション)
チケット:TRAVESSIA 090-8720-0487(前田) travessia@mbn.nifty.com

■ 大阪  9月25日(日)  バナナホール(大阪市北区堂山町16-3)
17:00開場 18:00開演  前売:2,800円 当日:3,300円 (共にドリンク代500
円別途)
fm osaka 「World Music Param」presents Vol.3
チケット:バナナホール 06-6361-6821

ご来場、お待ち申し上げます!
田原も同行してます。見かけたら、声かけて下さいね。
こんな奴:http://www.booxbox.com/image_blog/0504/050406.jpg
───────────────────────────────

ニュー・アルバム『野遠見』も大好評。
「bounce」(タワーレコード)誌(2005年7月号、評者:相原紘子氏)
「ミュージックマガジン」誌(2005年8月号、評者:中村とうよう氏)
月刊「stereo」誌(音楽之友社、2005年9月号、評者:増渕英紀氏)など
でご高評いただきました。

試聴下さい: タルバガン 「のどおみ」
http://www.booxbox.com/b50105.wma 
ご注文は:
http://www.booxbox.com/catalog.htm

───────────────────────────────
タルバガン:http://tarbagan.net/
タルバガン・ブログ:http://booxbox.cocolog-nifty.com/tarbagan/
のどうたの会:http://tarbagan.net/nodo/throat-homeJ.html

ユーミン ラブジアースファイナル:
http://www.expo2005.or.jp/jp/D0/D4/detail/detail_DO0923XA99901.html
───────────────────────────────

ではまた! 再見!

田原 洋朗  TAHARA Hiroaki
ブックスボックス http://www.booxbox.com/
田原書店 http://booxbox.cocolog-nifty.com/tahara/
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唐澤豊@唐澤塾
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メールは軽い?
朝日新聞の長野総局の記者が「新党結成をめぐって亀井静香・田中康夫両氏が長野県内で会った」とする記事を捏造した問題について、朝日新聞が「検証 虚偽メモ問題」という報告をしたそうです。
それについて、元朝日新聞で「朝日パソコン」などを立ち上げた矢野さんが「サイバー閑話」と題するブログで、「メディアとディスコミュニケーション」と題して書かれています。
http://www.cyber-literacy.com/blog/archives/2005/09/post_12.html#more

そこで「電子メールの軽さ」ということで、簡単に記事を書き、送信できてしまう便利さの裏に「軽さ」がある、と指摘されています。

それに対して、読者の方から「電子メールが悪者か」という指摘があり、それについて次のように答えておられます。

電子メールを悪者にして「おしまい」じゃ、問題の根本的な解決にならないんじゃないの、というのはお説の通りです。

長野総局から送られた「長野県内で会った」というメモを鵜呑みにして、「県内のどこで、どういう場所なのか。そこでメモ以外にどういう会話が行われたのか」を電話なり、直接本社に記者を上げるなどして追求しなかった政治部も変だし、結局、亀井氏から裏をとれないままに記事化しているのも不思議です。そういう事情がこの虚報メモを「生かして」しまったわけですね。

だからこの検証記事は、ジャーナリズムの足腰が弱まっている本質に食い込んでいないではないかという批判は、他にもいろんな人から聞きますし、僕も異論はないんですね。

ただ、冒頭で「電子メール恐るべし。この点について思いつくことを記しておきたい」と限定しているように、僕が「サイバーリテラシー」で執拗に主張しているのは、デジタル技術を対象化できずに、自ら意図せずに、それによりかかっていく危険性ということです。デジタル技術が従来の職業的スキルやモラルを、深いところで崩していきつつある現実が問題だと思い、そこに注目しているわけです。


私は、こうした問題が起きた背景にあるのは、

1) 朝日新聞の記者のジャーナリストとしてのモラルが落ちていること
2) 朝日新聞の経営者の指導力も落ちていること
3) 新しい道具を使いこなすことに消極的であること

の3点ではないかと思います。

今回の問題の元になったのは(1)が大きいと思いますし、NHKとの問題などからしても、(2)も問題だろうと思います。そして特に(3)については、新しいメディアのリテラシー習得には時間が掛かるのだ、ということを日本では良く理解されていないと思います。米国では、新しいメディアなり道具なりを使う場合には、企業が社員の就業時間を割いてそれなりの教育を徹底しています。日本では、上層部に行くほど、新しい道具の導入には消極的な上に、率先して使いこなそうという人が少ないように見受けられます。

新聞記者もビジネスマンも同じでしょうが、昔は直接会って面談することが常識と教えられ、やむなく電話する場合み「電話で失礼ですが・・・」とまず断ってから本題に入ることがしばらく続いたわけです。しかし、それぞれが忙しくなると、電話での商談や取材も当たり前になって来るわけです。

しかし、欧米で音声メールと称する伝言の録音は、日本では企業でも個人でも全く普及しないまま、今日まで来ていますから、弊社の電話を夜間に留守録に設定しておいても、メッセージはほとんど録音されていないのが現状ですね。これも、日本人にとっては「録音では相手に失礼だ」といった感覚なのではないかと思われます。また、電話会議も日本では余り使われていませんね。

次にファックスが出て来ても、見積書や請求書はファックスでは失礼だから手渡さないと、ということでした。それもやがてお客様サイドから、会っている時間が無い(もったいない)から(会ったら1分や2分で済ませるわけには行かないので、雑談も含めて30分くらいにはなってしまうわけです)、ということで「ファックスで送ってよ!」とうことになって来ています。

そして、電子メールも最初は「メールで失礼します」というのが枕詞になっていたところも多いと思いますが、今では誰でも使うようになりました。電話をしても相手が捕まらないけれど、メールなら相手の都合の良い時に読んで返事を貰える、という便利な道具となったわけです。

しかし、メールでは安易に情報がやり取りされるから問題で、電話や面談で確認する必要がある、というのは必ずしも正しくないと思います。どのメディアでも同じことで、メールで確認をすれば良かったわけですが、本社の政治部がそれをやっていなかったとすれば、政治部のデスクなど、管理者がメールを使いこなせていないのではないか?と疑ってしまいます。

欧米では最近「テキスト・チャット」が結構使われていますが、日本では「えっ、そんなの使う人いるんでしょうか?」という反応が一般的でしょう。テキスト・チャットだと、オフィス内が静かですし、機密情報も個人情報も他の社員に聞かれることもありません。また、電話よりは考えながら書く時間があるので、感情的にならないこととか、1人で複数の相手をすることもできますし、何か別の仕事をしながら併行して使うこともできる、という利点があります。また全てのやり取りが記録されるので、言った・言わない、という問題も防ぐことができるでしょう。

朝日新聞でも、テキスト・チャットを社内で使いこなすくらい、最新の道具を使いこなすリテラシーが上から下まであれば、こうした時に、記者、総局長、政治部デスクの間で、チャット会議をして確認することもできたことでしょう。まあそこまでやらなくても、メールで同じことは少し時間を掛ければできたはずです。

兎に角、新しいメディアや道具は四の五の言わずに、使いこなすことがビジネス界でトップを走る企業にとっては重要だと思うわけです。使いこなすには時間が掛かるのですから、早期導入し、きちんとしたトレーニングをすることも忘れてはならないと思います。

唐澤豊@唐澤塾
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携帯音楽プレーヤーが騒音性難聴の原因に?!
携帯音楽プレーヤーの普及でヘッドフォンやイヤフォンで1日中音楽を聴き続ける人が増えていて、電車の中でシャカシャカ騒音をばら撒く迷惑な人も未だにおります。それだけでなく、当の本人も、そのために騒音性難聴になる人も多いということです。その症状は高い周波数の音が聞こえにくくなり、時々軽い耳鳴りがしたり、騒音のある状況で会話が聞き取りにくくなるなどだそうです。

最大音量の6割くらいの音量で1日1時間程度の使用なら問題ないという専門家の意見もあります。

詳しくは、下記をご覧下さい。
http://hotwired.goo.ne.jp/news/20050915302.html

今、iPodがブームになっていますが、皆さんも大音量で長時間聴かないように注意した方が良さそうですよ!

唐澤豊@唐澤塾
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神とコンピューター ~その類似性~ (16) コンピューターからもオーラが出る?
現在のパソコンのように、誰でも使えるコンピューターの推進役を果たしたのは、ミニ・コンピュ-ター(ミニコン)の出現である。それ以前は、空調の効いた特設の部屋に大型計算機が鎮座していた。部屋に入るには、スリッパに履き替え、白い実験着に着替えさせられた。ミニコンはオフィス内の普通の部屋や工場に置かれて、普通に技術者が使うよう
になった。そしてマイクロ・コンピューターは日本ではマイコンと呼ばれるが、「私の(マイ)コンピューター」という意味と「マイクロ」の「マイ」とを掛けて、東京エレクトロンの私の先輩が最初に名付けたのである。それは正しく、個人で所有し使えるコンピューターを目指していたのである。マイコンという言葉は、業界内では今も使われているが、パーソナルに歩があったようで、システムとしてはパソコンという呼び方になっている。

ところで、コンピューターはその規模によって区別する時、女性のスカート丈と同じ用語を使っていた(今は分散型となったので、1台の規模では全体の性能を示せないので、規模よりも方式を使うことの方が多いと思われる)ことを、皆さんは知っていたであろうか?現在、日本女性のスカート丈はこれ以上短くできないくらいになっているが、それをマイクロ・スカートと言う(超ミニとも言われるが)。超小型コンピューターは、ご存知のように今でもマイクロ・コンピューターである。それより少し長いひざ上までのものが、ミニ・スカートで、小型コンピューターは、ミニコンと呼ばれた。膝下の長さで、ふくらはぎくらいまでの長さのスカートは、ミディーと呼ばれる。大型コンピューターもミディー・コンピューターと呼ばれた。くるぶしくらいまでのロング・スカートはマキシと呼ばれ、超大型コンピューターもマキシ・コンピューターと呼ばれた。今では超大型はスパコンと呼ばれるが昔はそうした表現はなかった。

さて、ミニコンはアメリカのディジタル・イクイップメント社が開発した、PDP8が初期の頃は、圧倒的なシェアを持っていた。私が入社した頃、最初に日本にも輸入され始めて、東京エレクトロンにも1台あって、先輩達が何にどう使うか勉強していた。当時の大型計算機のプログラムはパンチカードと呼ばれる葉書をもう少し横長にしたくらいの紙の
カードにひとつひとつの命令やデータ毎に、そのコードを小さな長四角の孔を開けて読み取らせていた。ミニコンのプログラムは紙テープに8ビットのディジタル情報に従い孔を開けたものが使われていた。

ある時ミニコンのある部屋からアメリカの国歌が聞こえて来たので、何だろうと思って行ってみたら、ラジオから流れていた。何だFENを聞いていたのか、と思ったら、これはPDP8が演奏しているんだぞ、と先輩から言われて驚いたものである。どういうことか、聞いてみると、PDP8を買った時に一緒について来たプログラムを走らせ、近くにラジオを置けば、音楽が聞こえると書いてあるということだった。

丁度我々は、データショーという展示会に8ビットマイコンを展示する予定だった。社名も余り知られていない小さな会社だったので、どうにかして人目を引こうとあれこれ考慮中だったから、展示会場でマイコンから音楽を流そう、ということになった。いろいろ試してみると、プログラムを走らせるとFMラジオを近くに置けば、今のモデム接続音のような雑音が聞こえることがわかった。ミニコンが動作すると、電磁波が出ていたのであったが、特定周波数に音が乗っているAM方式では聞こえないが、色々な周波数となって音が乗っているFM方式では良く聞こえた。

そこで、基本周波数から計算して、音階のひとつひとつの周波数に近くなるようなループ・プログラム(繰り返し命令のループ)を創り、周波数計で最も強く共振する周波数を測定しながら、微調整をして音階を作った。そしてキーボードの数字にドレミファ・・・の音階を割り当て、演奏できるようにした。そして当時の流行歌や終了時用のほたるの光などの楽譜を入力してプログラムを作ってデータショーの会場でラジオから流したのである。

まだ当時は今の展示会のように、コンパニオンもいなければ、シアターでのナレーションもなく、もっぱら技術者や営業が来場者に説明するという形式の静かなものであったので、音を出しているコンピューター・メーカーは無く、我々の展示は非常に目立って、多くの人を集めたものである。我々の目的は人を集めることで、そうしたら、集まった人に商品を説明しようとしたのだが、「音楽を演奏するコンピューターが展示されている」と勘違いされたことも多々あって「これは何なんですか」、「何にどう使うのですか」といった質問を沢山受けた記憶がある。

パソコンも動作している時は電磁波を出すということは、オーラを見ることが出来る人や機械では、プログラムによって、様々な色のオーラが見えるということになるのだろう。そうすると、使う人にとっては癒しのオーラが出るプログラムといったものも開発されて売られることになるのかも知れない。逆に落ち込むものとか、健康を害するものとかは、使わないようにした方が良いことになる。電磁波は全て一概に悪いということで「買ってはいけない」という本には電気カミソリが槍玉に上がっているが、「髭剃り後の肌をうるおす電気カミソリ」とか「肌をきれいにしっとりさせる産毛用電気カミソリ」などを開発することが可能かも知れない。

まだこれを書いている時点で試していないが、今のパソコンは早くなりすぎて、日本のFM放送帯域では、音が出ないかもしれない。オーラは見えるのだろうか?マイコンで音楽を奏でるというのは、古き良き時代のコンピューターの話であるとすると、何だか今の世の中、特にドッグイヤーと呼ばれるハイテク業界のスピード成長や変化は、我々にとって本当に必要で、それが人類の幸せに通じるのか?と考えさせられる。

唐澤豊@唐澤塾

森田実の時代を斬るより「小泉大勝は偽善政治の賜物である」
政治評論家の森田実さんのサイトには、多くの読者から「憂国の声」が寄せられていますが、選挙の結果を森田さんがズバッと斬っています。興味ある方は、下記サイトをじっくり読んで頂きたいと思います。
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/

その中で、

2005.9.14(その3)
2005年森田実政治日誌[339]
大いなる偽善――小泉大勝は偽善政治の賜物である


では、次のように述べておられますが、私も多分そういうことではないかと思っています。

 今回の9.11総選挙において、全報道機関が小泉首相を支持した。日本経団連はじめほとんどすべての経済団体、業界団体が小泉首相を支持した。投票日の直前には、事実上の大政翼賛体制ともいうべき小泉翼賛体制が形成された。小泉政権側の候補者(翼賛候補)は、すでに権力のサーバントと化したマスコミの全面支持を受けた。
 マスコミと経済界を中心とする平成版体制翼賛会は、日本中に「小泉改革を止めるな。郵政民営化は改革の本丸だ。小泉政権を守れ」の大合唱を起こした。この大攻勢に、自民党内の小泉批判派と民主党は敗れた。
 平成版体制翼賛会の真のリーダー・組織者は、陰に隠れているが、ブッシュ政権の日本担当者である、と私は判断している。9.11総選挙は単純に小泉政権の信任を問うたものではなく、ブッシュ・小泉政治すなわち日米同盟を問うたものだった。だから、ブッシュ政権の日本担当者は真剣に動いた(改めて詳しく書くが、私はいくつかの証言を得ている。


朝日新聞社のサイトの「2005総選挙」という特集に、小選挙区の結果が日本地図の形に配置して表わしています。
http://www2.asahi.com/senkyo2005/

これを見ると、関東と関西という大票田で自民党が圧勝しているのがよくわかります。そしてその他の地域では民主党も善戦したことがわかります。従来であれば、関東と関西という都会にはリベラル派が多く、革新系が得票し、保守が弱く、地方では保守が強かったわけです。それが今回の総選挙ではなぜ逆転したのか?これは関東・関西のテレビ局に多量のスポットCMが流されたのだろうと思われます。その資金は米国から投入されたのではないか?と推測されます。

その辺りについては、森田さんは、証言を得ている、とのことなので、これから明らかにされると期待しています。

また、下記で民主党敗北の原因を分析しておられます。

2005.9.14(その2)
2005年森田実政治日誌[338]
民主党敗北と民主党指導者の責任。そして民主党代表選挙について


この中で、マスコミがいかに偏っているか、という信じられないことが書かれています。

 これは私の個人的体験だが、私のテレビでの「反小泉発言」がテレビ局で問題にされるのは、多くの場合、「政治部記者からの圧力から始まる」との話をテレビ局内で耳にしたことがある。政治部記者のなかには政治権力側の人間が少なくないのである。官邸や自民党執行部も、テレビ局や新聞社に圧力を加える時、まず政治部記者を使うという話を耳にしたことがある。
 民主党の内情を官邸や自民党執行部に知らせるスパイの役割を果たしているのも政治部記者である。
 民主党幹部はこの日本のマスコミの現状を知らない。いまだに民主党の味方だと思い込んでいる人が少なくない。民主党幹部には警戒心が不足している。
 岡田民主党の敗北の直接的原因は、マスコミとくにテレビが民主党を叩き、小泉自民党を褒め上げたことにある。テレビは小泉自民党の味方であるとともに民主党の敵だった。

 テレビは放送法が定める「不偏不党」条項(第1条)を守る義務があるが、現実には放送法を踏みにじっている。民主党はこの問題を国会において問題にし、テレビ局に放送法を順守させるようにすべきだった。だが、民主党はこれを行わなかった。民主党はテレビを中立化させる努力を怠った。のんびりしていた。これは大きな失敗だった。


これは、解散から選挙前後の報道を見ていれば、常識のある人なら誰でもわかることで、マスコミの報道は偏っていたと私も感じていました。

しかし、森田さんの次の評論を読めば、なぜそうなってしまうのかが理解できると思います。

2005.9.15(その1)
2005年森田実政治日誌[341]
マスコミと経営者の精神の貧困

 日本国民は9月11日の総選挙で小泉純一郎首相に独裁的権力を与えた。マスコミと経済界(企業家)はこの結果を喜んでいるが、どうかしていると思う。おそらくマスコミと企業家は自分自身の利益しか考えないのだろう。だから、こんな選挙結果を喜んでいるのだ。

 欲深い利己主義者の経済同友会の幹部は「小泉独裁」の実現を大喜びしている。彼らは、小泉構造改革を利用して大儲けすることだろう。現に、いままで大儲けしてきた。小泉首相を勝利させるために、実業家としての節度をかなぐり捨てて選挙運動に精を出した経営者が少なくなかった。トヨタ自動車前社長の張氏が鉢巻きをして選挙運動をしている姿を見て驚いた方は多かったと思う。選挙運動に鉢巻きまで締めて参加する経営者はどうかしている。奥田経団連会長(トヨタ自動車会長)も政治活動に深入りした。彼らをはじめとする日本の経済人の精神の貧困を、われわれ日本人は決して許してはならないと思う。

 実業家には実業家のモラルがあるはずである。ジャーナリストにはジャーナリストのモラルがあるはずである。恥の意識があるはずである。  だが現実はどうか。マスコミも経済人も、モラルも恥の意識もかなぐり捨てて、小泉独裁体制を実現するために狂奔した。そして成功し、大喜びしている。なんという精神の貧困だろうか。


我が意を得たり!という斬り方ですね。

唐澤豊@唐澤塾
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ジャーナリズムの変遷:ダン・ギルモア著「ブログ 世界を変える個人メディア」より
シリコンバレーを代表する新聞社、サンノゼ・マーキュリーの記者を辞め、「グラスルーツ・メディア・インク」を設立したばかりのダン・ギルモアが書いた「ブログ 世界を変える個人メディア」については、既に少しご紹介しましたが、第1章の「トーマス・ペインからブログの果てへ」から、米国でのジャーナリズムの変遷がまとめられています。

その冒頭部分でなるほど、と思ったのは;

米国は英国に異を唱える声の中から生まれ、その成り立ちの初めからジャーナリズムにとって本質的なことを成しとげた国だ。

とあるのは、以前ご紹介したかと思いますが、米国のNPOの人たちは「米国のNPOは政府が出来る前からあったんだ」という言葉とも共通して、まず人民ありき、ということが他の国家と異なるところかと思いました。

そして、合衆国憲法の草案の元になったのは「フェデラリスト・ペーパーズ」という「パンフレット(小冊子)発行人」と呼ばれる匿名の作者たちだったということも初めて知りました。

やがて、新聞がメジャーとなって行くわけですが、当初は客観性は無く、世論を扇動して戦争を引き起こすような役割も果たしたのだそうです。

そして、ラジオやテレビという競合の台頭により、生き残りのためにM&Aが起きた結果、ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、ワシントン・ポストという3大紙が生まれたが、これらはオーナーシップ制をとっていて、オーナー家と少数の投資家グループの両者、あるいは一方の投票によって運営されているので、政財界の圧力があっても長期的視野に立って経営ができるのだそうです。これはちょっと意外な感じがしますね。

その新聞の競合から最大のメディアとなったテレビは、ニュース制作に力を入れ、優秀なニュースキャスターが活躍して、ニクソンのウォーターゲート事件など、政治問題を追求する主要なジャーナリズムとなったということです。

しかし、それは、CBS、NBC、ABCという3大ネットワークと後に出てくるCNNだけで、ローカル局はニュース制作にはお金が掛かりすぎるため、暴力とエンターテインメントという視聴率を稼げる二枚看板に専念して「血が流れれば、数字が上がる」というのがローカル局ニュース報道の金言となったということです。

日本のテレビ局はキー局も米国のローカル局と同じレベルであるように思われるのですが、まだジャーナリズムも民主主義も発展途上というか、今回の総選挙の前後の報道を見るにつけ、後退すら感じてしまうのは私だけでしょうか?

いずれにしても、この本はなかなか参考になりますので、これはと思う部分については、順次、ご紹介したいと思います。

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コーヒーには抗がん効果がある?
抗ガン作用や心臓病などのリスクを軽減する作用があると言われる抗酸化物質について、米国人の一般的な食生活の中では、コーヒーによる摂取量が最も多いとする研究報告が発表されたそうです。これまでにも、コーヒーを常飲すると肝臓ガンになるリスクが減る、糖尿病の症状進行が抑えられるといった研究が発表されているとのことです。
http://hotwired.goo.ne.jp/news/20050902306.html

しかし、コーヒーを飲みすぎれば神経をたかぶらせたり、さらにはコレステロール値を上げたりするので、適量を守ることが大事だと専門家たちは助言しているそうです。

コーヒーに含まれている抗酸化物質は、最近何かと話題になっているポリフェノールで、果物では、デーツ(なつめやしの実)やクランベリー、赤ぶどう(だから当然赤ワインも)などに多く含まれているということです。

サプリメントとしては、コエンザイムQ10、アルファリポ酸、リコピンなども抗酸化物質として話題になっていますね。

ご参考まで。

唐澤@唐澤塾
http://sohmokutoh.blog9.fc2.com/
http://www.irisa.com/jp/

国民の大半はやはり低IQだったのか?!
昨晩8時からのテレビ各社の総選挙報道の冒頭で、出口調査の結果は自民党圧勝!ということで、マスコミはまた偏った報道をしているのだろうと思って、チャンネルを変えてみましたが、どこも似たり寄ったりだったので、そんな馬鹿な!と見続けるのは憂鬱になり、詳細な開票結果は見ずに早々と寝てしまいました。
今朝、新聞を見ると、結果は出口調査のように、自民党圧勝、民主党敗退、という結果でした。

先週、小泉政権の広報戦略は、低IQ層に向けたシンプルなメッセージを出し続けることだということをご紹介しました。
低IQ層が小泉内閣の支持基盤という戦略を支援するマスコミ:
http://karasawajuku.blog10.fc2.com/blog-entry-264.html

そして、その戦略にまんまと嵌ってしまったマスコミを批判している政治評論家の森田実さんのサイトもご紹介しました。
「森田実の時代を斬る」でマスコミの総選挙報道を斬る!:
http://karasawajuku.blog10.fc2.com/blog-entry-261.html

国民はそれほど馬鹿ではない!と思っていましたが、結果から判断すると、その通りなんだと思わざるを得ないですね。う~ん・・・、これが現実なんでしょうか?!

自民党というよりも、自民党をぶっ壊して圧倒的多数の小泉党を作ってしまったことの意味を国民は理解しているのだろうか?と疑問に思います。与党で3分の2以上となった今、これから4年間に行われるであろうことは、憲法を変え、自衛隊を正規軍とし、集団的自衛権を認めて海外派兵も可能なように法律を変えるでしょう。そして教育基本法も変え、自衛のためには戦うのが男の子だ、という教育を復活させるかも知れません。これは第二次大戦前、マスコミも国民も一体となって反対派を押さえ込んでしまい、ファシズムの台頭を許し、日中戦争に突入した時もこんな状況だったんだろうなあ、と想像されます。

今回、最も罪深いのはマスコミではないかと思います。中立的報道をしたのか?そして国民の目線で評論したのか?また、森田実さんの評論にもありますが、経団連や経済同友会などの経済団体が郵政民営化という小泉政権の支持を表明して政治介入していることも問題です。

米国は石油価格を吊り上げて中国を追い詰め、2008年の北京オリンピック後には中台戦争を勃発させるだろうという予測があります。その時、日本も沖縄の米軍が台湾を支援するために参戦すると、自動的に自衛隊も参戦するという悪夢を見る可能性が高くなったと思われます。

こうしたことが起こり得るような3分の2という権力を小泉政権に白紙委任してしまったのだという自覚は、今回の選挙で自民党に投票した多くの国民には無いだろうと想像されますが、気がついてももう遅いわけです。新聞の社説などで、今後を見守る、といった論調がありますが、圧倒的多数を保持している与党が解散するとは考えづらいので、4年先までは体制を維持するだろうと思われます。余りの権力集中となったので、今後の動きを見守る、とか言っても、もう遅いわけです。それは選挙前と期間中にやらなければいけないはずです。マスコミの無能さは今度の選挙で露呈したと断言してもいいでしょう。

そんなことを考えると、今朝から憂鬱で、何をする気にもならないくらいですが、いくつかのブログを読んでいるうちに、同じ気持ちの人も多いことを発見し、少しは気持ちを取り直しつつあるところです。しかし、もう日本に住むのは諦めて、海外に移住しよう、という定年退職者が増えそうに思われます。日本から年金を貰いながら、物価の安い海外で暮らす、ということなんですが、これは日本は勿論、所得の無い人に移住される相手国も、どちらの国にとっても、良いことではないと思います。お金も時間もある人たちには、日本のために、智恵を出して貰いたいわけですが、彼等から諦められ、見放されたら、この国の将来はますます不安になってしまいます。

さて、以下に、参考となるいくつかのブログをご紹介します。

開票前から、自民党圧勝が報道されていたので、それを憂う声が森田実さんのサイトには数多く寄せられていて、同感!と思うものが沢山あります。

MORITA RESEARCH INSTITUTE :
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/

2005.9.10(その2)
2005年森田実政治日誌[329]
経団連は経済に徹すべし。経済界は政治に深入りしすぎている。経済界全体が政治と癒着するのは自由経済の基本に反する。

2005.9.10(その4)
2005年森田実政治日誌[331]
「憂国の声」特集(34) 

2005.9.10(その4) 続き
2005年森田実政治日誌[331]
「憂国の声」特集(34) 


また、下記ブログでは、投票前から、自民党圧勝の結果を予測して警告していました。
Pagan(異教徒)の説話;
「明日、私達は合法的に独裁者が誕生するのを目撃する。リーダーシップとファシズムを混同してはいけない」:
http://ameblo.jp/pagan/entry-10004173661.html

そして、憂鬱な気持ちを代弁してくれているのは、田口ランディさんのブログでした。
不眠に悩むコヨーテ;
「衆議院選挙結果に思うこと」:
http://bluecoyote.exblog.jp/896071/

それは、下記の抜粋部分に代表されるような言葉です。

かつて小泉さんは自民党の反対勢力だった。反対勢力の小泉さんが自民党のなかで案外と自由に好き勝手に発言してきたのだ。しかし、この選挙以降、自民党全体が小泉派……というか森派になることになる。派閥が解体したが、巨大な権力をもった一大派閥ができ上がることになる。反対勢力は徹底的に潰されて壊滅に等しい。権力の集中に反発して生じるのが反対勢力だ。あって健全ともいえる。それを潰すことが正義ではない。
 これからは与党はやりたい放題だ。改革は進むだろうが、暴走を止める抑止力がなくなる。そしてついに、唯一の国家権力の抑止力である憲法も改正の方向に向かうだろう。

[中略]

正直に言うと、私はこの国で老後を送りたくないと、感じるときが多くなった。海外を見てくると、やはり日本はどうかしていると思う。あまりにも、お金だ。小泉政権は具体的に人間の生活そのもののクオリティを上げていくという、細やかな発想に乏しい。生活の質というのは、金銭的な豊かさとイコールではない。お金というのは、多く所持していても使えなければ意味がない。少なく所持していても、不安なく使えるほうが豊かだと思う。しかしいま、生活の担保がお金しかない状況なのだ。だからお金はあっても使えない。これを豊かとするのは変だ。働いて働いて使わずに貯めるというのは、どういうことだろうか。


そして、下記は、もうやけくそ!(汚い表現ですみません)という感じがよく表われています。この方は、本気でこう考えているとは思いませんが、こういう人が増えるかも知れませんねえ。
あんなこと、こんなこと。どんなこと?;
「あーあ、何ナノこれって」:
http://blog.livedoor.jp/ganbare_watashi/archives/cat_917250.html

唐澤豊@唐澤塾
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ブログが選挙を変える?
ダン・ギルモア著「ブログ 世界を変える個人メディア」平 和博訳、朝日新聞社発行を読んでいます。

その第5章は「有権者の同意」ということで、2002年の韓国大統領選、2004年のアメリカ大統領選でのハワード・ディーン候補などは、選挙運動の中でネットが、とりわけブログが重要な役割を果たした事例として紹介されています。

そして「オープンソース政治」という項では、

2004年大統領選は、こんな具合に総括されることなるだろう。オープンソース政治が初めてその姿を垣間見せた選挙だった、と。オープンソース政治?オープンソース政治とは、社会の周縁にいる人々が参加していく政治だ。資金面で、そして政策や行政の問題について。ソフトウェア分野での巨大なオープンソース・プロジェクトは、小さな個々の開発作業を世界中に散らばる人々が担っている。同じように今では、人々がどこに住んでいようが関係なく、参加型政治のためのツールを活用することができる。しかも、これまでになく効果的な方法で。

と述べており、政治のスタイルが変わり始めていることを指摘しています。更に、将来の選挙運動がどうなるかという見通しを次のように述べています。

確実な見通しを一つ。次の2008年大統領選までには、ネットを駆使した選挙運動が常識になっているだろう。2004年が、来るべき変革の萌芽の年だったとするなら、インターネットはすべての選挙運動にとって、単なる付け足しなどではなく、不可欠なツールとなるだろう。たとえば、すべての候補者、少なくともすべての陣営は、ブログか、それに似たものを立ち上げるはずだ。支持者には最新情報を知らせ、選挙運動に関わっていてもらう。それはメディアに情報を発信し続けるのと同じように、陣営の日常業務の一つになる。ほとんどの場合、両者の間にさほどの違いなどない。陣営のウェブサイトは今よりはるかに双方向になっているだろう。そこでは、これまでの、愛想笑いもぎこちない講義調の情報発信ではなく、真摯な議論が繰り広げられる。すべての対立候補、そして何人かの現職は、ほとんどの選挙資金をオンラインで集めることになる。

日本は、今度の総選挙が「ブログ選挙元年」と言う人もいますが、公職選挙法で規制されている現状では、外野としての選挙評論までであって、選挙のツールにはなっていないと思います。この選挙が終わったら、ウェブ、ブログ、メールなどが使えるように公職選挙法を変えるか、解釈を変えるか、しないといけませんね。

唐澤豊@唐澤塾
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神とコンピューター ~その類似性~ (15) 仏作って魂入れず
気乗りしない状態で仕事をしたりした場合に「仏作って魂入れず」という言葉がよく使われる。「気合を入れろ」、「目的を見失うな」、「形式に囚われるな」などと上司や同僚や友人などに叱咤されたことは誰しもあることだろう。

コンピューターの業界では「コンピューター、ソフトが無ければただの箱」と言われる。これはゲームビジネスなどにも当てはまることで、儲かりそうだからと新規参入した企業が陥りやすい問題は、高性能・低価格のハードウェアを開発することに必死になっていても、その上で遊ぶソフトが無ければ、子供は買ってくれないのである。

子供はポケモンをやりたいからゲームボーイを買うのであって、最初にゲームボーイを買ってから、さてどんなゲームをしようかな、とソフトを買うわけではない。

パソコンでも、最初に現在のパソコンを開発したのはアップルで、大きなシェアを取ったが、ウィンテル陣営に追い落とされて危なくなって、もう消えてなくなるかも知れないと業界の誰もが思っていたのに、創業者のスティーブ・ジョブスが再び采配して、ご存知のように、iMACというファッション性と使いやすさを重視したコンセプトでシェアを取り戻しつつある。ノートパソコンでもアタッシュ・ケースのようなデザインで人気沸騰しているという。その秘密は何なのか?

現在のパソコンは、基盤・キーボード・ハードディスクを台湾メーカーから、CPUチップをインテルから、メモリー・チップを韓国メーカーから買って組み立て、OSをマイクロソフトから買いインストールすれば出来てしまうので、もうコンピューター・メーカーでなくても出来るくらい簡単になっている。そこで私は「これからパソコンはブランドやデザイン重視になるだろう」ということを考えて、「ベネトン・カラーのパソコンが出る?」というタイトルで、将来のパソコンについて、1994年のインテルの社内報に記事を書いた。残念ながらベネトンのようなファッション・ブランドではなくアップルがやってくれた。

そのアップルが最初にパソコンをどうやって売ったかというと、「これが個人用コンピューターだ」と売ろうとしても殆ど売れなかったが、その上で動く表計算ソフトを開発したソフトハウスがあって、その「ビジカルク」というソフトを一生懸命売り歩いた結果だという。アメリカでは、税金の申告を各自がやらなければならないので、こうしたソフトの潜在需要が大きかったのである。

人間の場合も、身体をハードウェアとすれば、心・精神・霊魂・意識・意志・思考など色々な言葉はあるが、これらを魂と表現すれば、魂がソフトウェアに当るであろう。

量子力学的に見れば、身体は、自由に動き回る無数に近い電子・陽子・中性子から構成されているものを、どうコントロールして維持し、かつ新陳代謝をしているのかということになる。意識があろうとなかろうと重要な臓器である心臓や肺などの循環器や消化器などは自立神経によって、休むことなく機能している。ある説によると、その管理プログラムは膵臓にあるという。また別の説では、それはDNAの中にプログラムされているのだという。いずれにしても、ミクロの世界で身体の維持をどのようにやっているのかを想像すると、不可能に近い神業と思わざるを得ないことである。これが、DNAの中にプログラムされているとすると、たった4ビット情報の符号化の組み合わせだけで30億種類ある
と言い、地球上だけでも、性格も顔かたちも違う60億人の人間を創り出しているのだから、シンプルで素晴らしいプログラム構造である。

コンピューター・グラフィックスでも、X、Y、Zの空間軸と時間軸の4つのパラメーターの関数をプログラムするだけで、4次元映像を創り出すことができるわけで、フラクタル関数のようなものを使うと、自然界に非常に近い表現ができるようになって来た。

やがてコンピューターもHALが望んでいたように、夢を見るようなところまでプログラムが進むことになるのだろうか?

DNAも後数年で全て解読されるだろうということである。そうしたら人間を創ることができるのであろうか?

どちらも否である。今やろうとしているのは、身体や映像という可視の世界の仕組み解明であって、魂を創るプログラムが解明されていないから、それはできないのである。魂は新たに創ることは出来なくて、それは既に存在している、ということであろうと考えている。

唐澤豊@唐澤塾

eBayがSkypeと買収交渉!?
ウォールストリートジャーナルによると、ネットオークション最大手のeBayがIP電話のSkypeと買収交渉に入っているとのことです。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0509/08/news077.html

私は知らなかったのですが、8月にはあのメディア王マードック氏から買収を仕掛けられ、蹴ったんですね。

今回の交渉提示価格は20億ドル~30億ドルということですから、日本円にすると、2200億円~3300億円という膨大な金額になりますが、わずか100人くらいの会社が短期間にこれだけの価値になるとは、驚きですね。

私は長いこと米系企業で働いて来ましたが、米国の経営者たちは起業してある程度の規模になり、売れるのであれば、売ってしまう、そのお金を元手に次の事業を起こすか、投資家となり、悠悠自適の生活をする、という考え方の人が多いように思います。

一方、現在の親会社はフランスですが、ヨーロッパの経営者たちは長期的に安定成長し、100年先まで存続するようなことを目指しているように思います。

Skypeはヨーロッパの会社ですから、今回の買収にも応じない可能性があると思われます。彼等は世界一の通信会社を目指しているのではないかと思われるので、3000億円程度で手放すのではなく、何十兆円の規模にするのが目標ではないかと推測しています。

唐澤豊@唐澤塾
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レベッカ・ソルニット「カトリーナが残した疑問」
TUPの最新号では、作家のレベッカ・ソルニットさんと、日本側翻訳者とのやり取りから、“レベッカ・ソルニット「カトリーナが残した疑問」”というオリジナルの緊急寄稿が配信されました。

米国では、これで大きな変化が起きるのかどうか、注目されますね。

その作家からのメールを抜粋・転載しますが、全文は下記でお読みください。
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/588

お見舞いのお言葉、ありがとう。私は、ボランティアに行くために新刊書キャンペーン・ツアーを中止するかもしれません――このところ、講演する者であるよりも、被災者救援にかかわる者でありたいと本気で思ったりしています。ハリケーンはこの国の針路を少しばかり変えるかもしれないと考えています―
―すでに、多くの、とても多くの政治家たちが、右も左も含めて、わが国はなぜ戦争しているのか、国家の社会計画や社会基盤を台無しにするような数多くの減税政策をなぜ実施したのか、気候変動なんて起こっていないとなぜ主張したのか、と問いはじめています。

親愛をこめて
レベッカ


唐澤豊@唐澤塾
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テッサ・モーリス=スズキ、日本のメディアを語る
8月27日号のTUPのメルマガで首記のようなものが配信されて来ました。
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/580

長文だったので、まだ読んでいなかったものをやっと読みましたが、例の朝日新聞とNHKと争っている、政治家の干渉でNHKの番組が改変されたのかどうかという問題を中心に、海外から見た日本のマスメディアの現状を解説し、マスメディアの自立性の危機として捉え、海外に訴えているものです。

海外に滞在した経験のある人は、日本のことは海外から見た方が良くわかる、とよく言いますが、このSuzuki氏のエッセーも、なるほどと思います。我々日本人は、こういう情報を英語でもっともっと発信しないといけませんね。

翻訳者の紹介文章は以下のようなものですが、いずれ書籍として発売されるようです。

☆日本のメディアで何が起きているのか★

このエッセーは、テッサ・モリス=鈴木さん自身も下支えしているインターネット上のメディア、Asiarights《*リンク》に、非日本語圏のひとびとのために、日本のメディアで何が起きているのかを説明するために発表されて話題を呼んだものである。日本語圏の読者には自明であったり、またそうであるがゆえに不可視になっていたりすることも含まれているかもしれないが、このように外部の、それもきわめて洞察力豊かな視点から眺めることで、同じ事態がまた違った奥行きをもって解読可能になるのではないだろうか。なお、原文には詳細な二十一項の註がついていたが、非日本語圏の読者を想定したものでもあったことから、割愛した。また文中には[…]という割注形式で訳注を付した。岩崎 稔 /MEKIKI-net
http://rspas.anu.edu.au/asiarightsjournal/


そして、タイトル、サブタイトル、節のタイトルだけご紹介すると、

言論の自由、沈黙させられた声――日本のメディアとNHK問題
――テッサ・モーリス=スズキ
ジャパン・フォーカス 2005年8月13日掲載

メディアと女性国際戦犯法廷
告発者の物語
メディア、自立性、権力
「公平でバランスのとれた報道」
自由な論争を求めて


詳しくは上記TUPのサイトでお読み頂くとして、私が一番共鳴した部分は以下の文章です。

事件は日本の主流派メディアの構造的な問題を照らしだした。しかし、それは同時に、政治とメディアのあいだのつながりがもつ息苦しくなるような勢力に対して、抵抗の基盤として役立つかもしれないような日本社会のいくつかの特徴にも光をあてることになった。

民主党からも主流派の全国メディアからも、政府とNHKとのあいだの関係を徹底的に調査せよというはっきりした要求が出てこなかったために、この問題を取り上げるという課題は広く日本の民衆にゆだねられている。

事件が明らかになった週に(自分たちの主張を広げるためにつねにインターネットを利用している)たくさんの市民社会のネットワークが、メディアに対する政治介入を批判して声を挙げた。政治家に放送予定の番組の内容を説明するのは「通常の業務である」とNHK幹部が表明したこは、「NHK視聴者のストライキ」を引き起こし、多くの市民は政治的影響力からの独立性をふたたび確立するまで、受信料の支払いを留保すると宣言した。

こうした運動そのものが、日本のメディアのなかでどのように報道されてきているのかは興味深い。『朝日新聞』『毎日新聞』『日本経済新聞』は、それについて短く報道したが、予想通り、国民的メディアの大半によって黙殺された。

しかし、運動は、日本の多くの地方新聞ではかなり広範に記事になつた。『北海道新聞』や『高知新聞』は、NHKが政治的な圧力からの自立性を守るように保証する市民の行動を支持する社説を掲載した。当然にも地方メディアは、その土地の勢力家の家族と財政的にも人脈的にも緊密な結びつきがあることが多いし、こうした一族はその地域の問題の報道する新聞の姿勢にも影響を与えかねない。しかし同時に、そうした地方新聞は、(たいてい東京に拠点をおく)全国メディアよりも、中央政府から距離をとっている。そして、政治家や政府の役人に人脈的に依存することもずっと少ない。そのため、そうした新聞はより積極的に、批判的、自立的な仕方で全国ニュースを報道するか、あるいは主流派の全国メディアが無視する社会問題をとりあげようとすることがある。

たしかにインターネットのチャットグループが、全国的な弱いものいじめの場として使われてしまうような昨今のケースがあったにしても、インターネットは、自由な公共的論争のための重要で可能性の豊かな場を作りだしている。あらゆる非政府組織が主流派メディアに同じように取り上げられるチャンスを持っているわけではない。

だが、公衆に自分たちの見解を伝達するための手段としてのインターネットには、だれでも平等にアクセスできる。韓国にひろがっているインターネット新聞のようなメディアは、日本ではなかなか根をおろせないでいるが、オンラインジャーナリズムの実験は、しだいに大きな関心をひきつけるようになってきている。これらはインターネットテレビサービスVideonews.com のようなサイトを含んでおり、NHK事件についても重要な材料を放送している(そのなかには、告発者長井氏の記者会見のノーカット版や日本のジャーナリストやメディア研究の専門家グループによる「事件を調査せよ」というアピールも含まれていた)。インターネットメディアは、主要紙では聴き取られることのない声のための空間を開き、既存の境界をこえたさまざまな連携の可能性を創出し、日本でメディアの問題に関わっているひとびとが、自分たちの意見をひろく共有しあい、他国における類似の問題を抱えるひとびとの経験から学ぶことを可能にしてくれる。

市民社会、地方メディア、そして新しいオンラインネットワークが手をたずさえたならば、ひょっとすると、日本の主流派ジャーナリズムをますます包摂しつつある自己検閲と大勢順応という腐敗した風土に対して、それが対抗力を生み出す日がいつか訪れるかもしれない。


一読の価値があると思いますので、時間のある時に、全文を是非お読み下さい。

唐澤豊@唐澤塾
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PROFILE
唐澤 豊
  • Author:唐澤 豊
  • 還暦を期に長髪から一気に坊主頭にしました。これから20年間、第2の成人を迎えるまではこれでいこうと思います。でもやっぱり冬は寒いし、夏は暑いので、帽子を愛用しています。
    ●情報通信業界の米国系企業を中心に40年間、営業以外の仕事はほとんど経験。技術以外には、マーケティング・ブランディング、組織論、人事評価制度、企業文化なども経験。今まで3つ会社を始めましたが、被買収・売却などの後、4つ目の会社を後任に任せたところで、一昨年、仲間2人ともうひとつ会社を設立し、非言語コミュニケーションのサービスを開発中です。
    ●経営労働管理士。日本躾の会理事。
    ●音楽(ビートルズ、S&G、フォーク、ニューミュージック等)、グラフィックデザイン、水彩画を趣味とするので、マルチメディア技術の活用に大いに期待しています。読書、宇宙の真理探求が最近の趣味。ストレッチ、真向法、西勝造先生の西式健康法を実践中。
    ●故津留晃一さんの著作や講演録(CD)に触れて「人生の目的は体験することである」ということに納得しています。
    ●詳しいプロフィールは「自己紹介」のカテゴリーにあります。
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