唐澤塾
唐澤豊が情報通信技術+経営術+人生術+創造性を中心に一期一会を追求する私塾
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【--/--/-- --:--】 スポンサー広告 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-) |
神とコンピューター ~その類似性~ (24) 技術者と経営者の分岐点
インテルのドイツ支社で、マイコンの開発に関する会議があった時、ひとつ気が付いたことがあった。それは技術者の年齢である。当時の私は40才くらいであったが、ヨーロッパの技術者は年上の人が結構多かった。それでいて、マイコンを使ったシステムのソフトウェアを開発したりしていたのである。当時の日本では、30才過ぎたらソフトウェア技術者はもうだめだ、使い者にならない、と一般的には思われていたから50才を過ぎても現役のソフトウェア技術者だと言われると、本当かなと疑ってしまった。

聞いてみると、ヨーロッパでは小さい時に自分の将来の仕事を選択してそれに従って教育を受け、職に就くので、技術者を目指している人は年を取ったら、より優秀な技術者を目指すが、管理職を目指す人は少ないということであった。

技術者とそうでない人との違いは何かというと、私の経験では、自分の手で物事を分析・解析し問題を解決しよう、という意志が強い人間ということになろうか?そうでない人とは、自分が望む結果さえ出れば、自らやるのではなく、他人をうまく使ってやればよいという、技術者の視点から見ると「ずるい」とか「世渡りがうまい」とかいうことになる。

一方、米国のエンジニアと呼ばれる技術者は、基本的には大学出身者であり、新卒でもアシスタントとしてテクニシャンを部下に持つから、最初から管理職の経験もすることになる。彼等は自分で実験や作業はやらないで、設計や実験計画を立てたり、結果を評価・判断することに専念している。仕事の効率という観点からすると、この米国流の方が、日本やヨーロッパよりも、持てる能力を最大限に生かし、本来の技術者がやるべきことに集中するので良い成果を上げ易いであろう。

そこで私は、部下であった技術者ひとりひとりのキャリアを話し合う時にいつも「一生技術者を通そうと思うならば、若い後輩に負けないように、常に新しい技術を身につける努力を続けなさい。将来、管理職や経営者を目指すならば、早めに技術者であることを卒業し、管理職の経験をすべきである」と言って来た。ところが大抵の技術者は、将来は管理職や経営者を目指したいが、今はもう少し技術のことをやりたい、と言うのである。結論を出すのは早い方が良いのだが、遅くても30代前半には自分の将来の道を決めなければならないと思う。物理学者の場合は25才までに目が出なければ、物理学者になるのは諦めた方が良いと言われているくらい、将来性は20代前半で決まるようだ。

技術者から管理職になり、それから経営者になるまでには、学ばなければならないことは沢山あるので、どちらの道を選択するかは早い方が良いというのが私の持論である。経営者であっても、技術者魂を捨てる必要はない、と最近は考えている。経営者であっても、技術者魂を捨てきれないでいるか、真の経営者となっているは、目の前に故障した道具をおけば判断できる。最初は自分で直してみようとするなら、まだ技術者魂を失っていないし、担当者など誰か人を呼んで直させるなら経営者と言えよう。餅は餅やということを良く理解しているからである。好きか嫌いかという意味では、いつまでも技術者魂を忘れない経営者の方が私は好きである。若さを保つ秘訣と一緒で、新しい技術に対する好奇心を忘れたら、理解できなくなってしまう。今の時代は、経営者と言えども、何でも広く浅く知っていなければ専門家の言うことを鵜呑みにすることになり、経営判断を誤ることになると思われる。

例を上げると、ペプシコ出身でアップルをスティーブ・ジョブスから乗っ取ったジョン・スカリーはコンピューターのことを知らないから会社を傾ける結果になったと思われる。ジョブスが復帰してアップルはまた蘇ったことは皆さん衆知のことであろう。ジョブスはその間、エンターテインメントなど、他の業界を勉強して来ているのも、現在の成功に寄与していると思われる。ビル・ゲイツもアンディー・グローブも元は技術者である。ハイテク業界でメーカーとしてビジネスをするなら、技術が理解できなければ、結局会社経営も難しい、というのが私の見方である。

技術者に限らず、一生、専門職を続けるのか、将来は管理職を目指すのかは、どちらを選択する場合にもクリアーしなければならない難しい問題がある。それは、専門職を続けると、いつかは自分の上司が自分より年下になるということである。また管理職になるということは、自分の部下の中には、年上で給料が自分よりも高い専門職がいる可能性があるということである。

管理職の役割は、その組織のアウトプットを最大限にすることであるから、少ない経費と安いコストでより多くの結果をより短い時間で出せば良いことになるわけだが、初めのうちは、それがなかなか割り切れないものである。私の場合も自分より年上で年俸もかなり多い部下を最初に何人か持った時は、少々とまどった。自分より能力があるならまだしも、もう少し頑張ってもらわないと、という部下の場合は尚更で「なんで?」と思ってしまった。部下はこちらの給料を知らないから「こいつ若いくせに高い給料貰ってるんだろうな」くらいに思っていたのだろう。いずれにしても、責任を持たされた組織全体が結果を出せば自分も評価されるから、いずれは彼等以上の給料になる、と長期的な見方に切り替えることにした。この場合はまだ良いのだが、逆に自分より相当若い人間で、昨日までは同列の後輩であったのに、いきなり上司となった場合の方が、対処は難しい。こちらは報酬の問題ではなく、自分の能力との比較の問題であるからだ。やはり「何であいつが?」ということになった。相手もそれをわかっていて「君の経験と能力が必要で、そのノウハウを全社的に広げたいから協力して欲しい」とか「君は今の倍以上の給料を貰ってもおかしくはないと思っている」とかおだてられて、その気になってしまった。いつも自分を立ててくれるので、そのうち年齢や経験の差は気にならなくなった。

今から思えば、若いのにこの点は経営者としては、大したものであった。プロ野球監督などプロスポーツの監督の立場もこうしたものであろう。監督よりも高い報酬の選手はいっぱいいるし、全員自分より選手の方が若いはずである。優勝することが監督の任務であるから、そのためには優秀な選手を雇い、気持ち良く働いて貰って、最大限の結果を出して貰う必要がある。

最近の仕事は、外資系企業のソフトウェアに関連することをやって来ているので、相手の経営者達は30代前半がほとんどである。優秀な人材と技術があったら、それを使ってビジネスが出きれば面白いと考えてやっている。

こうしたことは、頭で理解は出来ても、技術者がなかなか技術者であることを捨てられなで、年を取ってからあわてることになるのは「最新技術さえ見に付けていれば、仕事は必ずある」と技術者になった人は皆信じているからである。技術者を捨てる必要はなく、広く浅くして、管理職としての能力を身につければ、特に同じ仲間である技術者を管理できれば、それはなかなか代替者のいない貴重な管理職となるのである、と私は言いたい。そのためには自分より優秀で給料の高い技術者をうまく使いこなす術を見に付ける必要があるが、そこは同じ技術者であったことが強みとなろう。そして更に英語のコミュニケーション能力もあれば、鬼に金棒である。

以前に紹介した東京エレクトロンの新人教育で、経理部長が言ったことは、後々に役に立ったので、ここで紹介しよう。それは、「人間誰でも健康であれば、年収250万円は貰える。その上に何でも良いから専門職として一人前になれば、500万円は貰える。そして英語が使いこなせれば750万円は貰える。最後に管理職として一人前になれば1000万円以上は貰える」ということであった。当時の1000万円は、今では2000万円くらいであろうか。だから倍にして考えてもらえば良いと思うが、なかなか含蓄のある言葉である。管理職としていくら優秀でも、今の時代に英語が駄目なら2000万円は貰えないということである。

ついでに、企業に勤める場合に「出世したい」という願望を持っている人は多いと思われるが、これも考え方で、自分のピラミッドである組織と権限を大きくしよう、と考えていると、なかなか難しい。これも東京エレクトロンの子会社の社長に言われたことであるが「社長の仕事というのは、毎日いつ辞めるかを考えることだ」ということである。辞めるためにはビジョンを設定して方向性を明確にし、人材やパートナーを育て、プロセスを確立し、利益体質にして、自分がいなくても安心して後任に任せられるようにする、ということである。どんな仕事も同じで、今任されていることを如何に早く卒業し、後任に渡すかを考えることが早く出世する道であると私は思う。「私はお茶汲みに入ったのではありません」とか「何で私がトイレ掃除をしなければならないの」と考えるのではなく、この仕事を早く完璧にこなして誰からも誉められ、認められるようになろう、とすれば、次の仕事は向こうからやって来るということである。私は過去に一度だけわがままを言って「マルチメディアの仕事をやらせて下さい」と自分から仕事を選んだが、それ以外は向こうからやって来たものである。それも予期しない時に来ることが多い。

唐澤豊@唐澤塾
スポンサーサイト
神とコンピューター ~その類似性~ (22) コンピューターに魂は宿るか?
住友銀行が我が社のメインバンクなので、社長兼経理兼営業の私は、時々神田橋支店に行くわけだが、今日行った時、待合席の横に置いてある雑誌の中に「すみとも 秋号」という住友グループの情報誌があったのでパラパラと見てみると、今回の特集は「一粒のご飯から」ということで、米に関するいろいろな記事が載っていて、その中で「米には神の魂が宿る」文:矢野憲一、という記事が目に飛び込んで来た。このシリーズを書き始めてから「神」と「コンピューター」という文字がやたらと気になるようになっているせいだろう。

この文を書いた矢野さんの略歴を見ると、伊勢神宮の禰宜とあり、伊勢神宮での祭事は、基本的には「聖寿の万歳とお米の豊作を祈る」もので、年間に千数百ものお祭りが行われているという。365日に千数百もどうやって?と思うと、内宮、外宮、それぞれの別宮、摂社末社と全部で125もあるということだ。そんなにあるとは、今まで全く知らなかった。その文章の中で以下のくだりが最も重要なメッセージだと思うので、無断で転載する。

「お米は日本人にとって単なる農作物ではない。『日本書紀』などに伝えられる神話でもわかるように、米のなかに神の魂(スピリット)が宿っていて、稲魂を通じて民族の祖神と一体となり、新米で民族のエネルギーを更新できると信仰してきたのである。」

なるほど、こうした考えがあったのか、と実家が農家で米を作っていたにも関わらず、こうした話には始めて接した。だから米の自由化には絶対反対という意見が日本にはあるが、西欧人にこれをストレートには説明できないから、貿易摩擦として残っているのだなと納得した。

そもそも、天照大御神が「これこそ顕見蒼生の食いて活くべきものなり」と稲の種を「ににぎの命」に「寄さしまつられた」のが日本で米を作り始めた最初であるとのことである。顕見蒼生とは「うつしきあおひとぐさ」と読み、現世の人間つまり日本人を指し「ににぎの命」は天照大御神の孫だという。「寄さしまつる」とは「寄託される」ということで、米は神から頂いたものではなく、未だに寄託されたものだというのが、伊勢神宮ひいては神道の考えということである。そこには神の魂が宿っていて、神の分身としての米を我々日本人は毎日食べているということになる。

ちなみに、このアンケート調査統計では、30%の日本人が毎日3食とも米を食べるという。昼食は83%の日本人が米を食べる。最も食べないのは、以外なことに、50代女性で朝食に食べるのは29%という結果である。ところが彼女達は昼食では88%、夕食では94%と他のどの世代に比べても最も多い。

さて、米には神の魂が宿るとして、コンピューターにはどうであろうか?そうしたら、Kさんの書いた中に以下の2節があったので、私の考えを述べてみたい。

K wrote:
●アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
 そのロボットの世紀。最大の関心は、果たして人間の意識をロボットは持つことが出来るのか? 先日、唐澤さんとのお話でもこれが一番盛り上がった。「2001年宇宙の旅」に登場する「HAL9000」は果たして意識コンピューターであったのか? さらに「HAL9000」は実現するのか?
http://www.ethics.bun.kyoto-u.ac.jp/~kodama/literature/sheep.html

夢を見るということは、人間と同じ霊魂・心・意識を持つということであると定義したい。アンドロイドに魂はあるか?と聞かれれば「ある」ということになろう。アイン・シュタインの発見したE=mc2はそれを表しており、物質とエネルギーは可逆変換性があるということである。更に最近の物理学では、意識とエネルギーも可逆性がある、ということが証明されつつある、ということだ。「百匹目の猿」の話は日本では有名である。ハーバード大ではラットを使った実験をして、親の学習が20代も後の子孫にも伝わったから、後世になるに従い、学習時間が短くなったという。更にそれが、全く別のラットを使ってオーストラリアで別の学者が実験しても学習結果が伝わっていたという。

これらの現象は、意識がエネルギーとなり空間を超えて伝わったということであろう。意識とエネルギーと物質とはある関数の基に可逆変換性があるということになる。日本では、筑波にある電総研にいた研究者がこの関数を発見し発表しているということである。発表当初は馬鹿にされて、誰も相手にしなかったが、最近は世界の物理学者の中にはそれを実証してみようという学者も現れているという。

以前にも述べたことであるが、コンピューター・システムも最初ははずかしいのか、人見知りをして、身内の人間の前では調子良く動いていたのに、いざお客様に見て貰おうとすると、途端に動かなくなることが結構ある。しかし、現在、普通の技術者はどちらかと言うと神や霊魂を信じている人間は少ないので、コンピューターに魂を込めたとしても「お願いだから明日のデモの時は調子良く動いてよ」という程度のことで、人間の魂を込める程の超人的エネルギーは操れないであろう。

しかしこれが、日本人の大多数が同じ意識レベルになると、その総エネルギーたるや「山をも動かす」ということになるだろうと思われる。だから皆が「不景気だ」とか「世の中悪くなる一方だ」と思えばそうなってしまうということであろう。

波動の研究者である江本勝さんの本の中に「誰でも空に浮かんでいる雲を消すことができる」ということが書いてある。私はまだ半信半疑の頃にこの本を読み、そんなことはないだろうが、1回だけやってみようか、と思い、書かれている通りの方法でやってみたら、本当に消えたのである。このことも、現在の一般常識では信じられていないことも、まずは勉強してみよう、と思わせるきっかけとなった。技術者の私としては、第三者の前でやって確認をしているので、私だけの錯覚ではない。これは、意識を集中すれば、そのエネルギーが雲を水蒸気にするくらいになれば、消えるということか、あるいは、意識エネルギーの総和が雲を可視の世界から非可視の世界に移動するくらいにすることは容易である、ということではないかと考えている。

コンピューターであるHALには意識はあったのかということであるが、魂はあったが人間と同じレベルの意識はなかった、ということではないかと考える。もしもあったら、あの時、眠りにはつかないで、宇宙飛行士を金縛りにするぐらいのことはできたはずであるから。あるいは、宇宙船もろとも爆破していたかも知れない。物質は消えても魂は残るはずである。それがわかっていて初めて神の分身である人間と同等意識と言えよう。

K wrote:
●コンピューターが神に近づく日
 「神とコンピューター」唐澤さんのテーマであるが、実際に「意識コンピューター」という概念も研究されている。バイオテクノロジーとコンピューター工学を合致させて「生体コンピューター」という発想もある。なかでも突飛なのは脳の一部をコンピューターに置き換える、つまり、脳のCPUを上げようという考えだ。脳波で機械を動かす仕組みも研究されている。コンピューターが意識を持つのでなくて、人間自体がコンピューター化する。そこで、人間そのものが「超人=神」となる。このことが実現する日のほうが早い気がする。
http://www.nikkei.co.jp/pub/science/page/honsi/9701/mokuji.html

これにつての私の見解は、少し違う。現在の研究レベルは、コンピューターを操作するのに、キーボードやマウスや最近の音声認識などによるのではなく、意識したら、その意識が伝わり操作できるようにしよう、ということで、主体は人間であり、思考するのは人間である。コンピューターが神に近づくということはなくて、コンピューターがどこまで人間の思う通り、自由に操作できるか、ということである。

コンピューターやアンドロイドや動物が人間の意識や意志の力を超えるということはあり得ないことである。それは神がそうプログラムしなかったからだ、と私は思う。もしそうなるとしたら、まず人間と同じかそれ以上のDNAが組み込まれなければならない。人間はクローンを作ったり組換えたり出来るようになったが、無から新しいDNAを創り出す術はまだ知らないからである。

それは今のところ「神のみぞ知る」である。

唐澤豊@唐澤塾
ながいながいあめのひ
あじさい


    ながいながいあめのひ

きょうも あめです
きのうも あめでした
そのまえのひも あめでした
よろこんでいるのは
カタツムリさんと
カエルの ケロちゃん
それと
あのぬるぬるした いやーなやつ
ナメクジのじいさん
かなしがっているのは
おそとであそべない
ケンちゃんと ミーちゃん
いたずらなケンちゃんのカサは
あながあいてて つかえないの
ミーちゃんのおクツは
シロがどこかへくわえていってしまったの
ケンちゃんはふくれっつらをして
ごほんをよんでいます
ミーちゃんはひとりで
おままごとをしています
みどりのはっぱのうえで
あめがぴょんぴょんおどっています
あおいおはなは
なみだをいっぱいためています
あじさいのおねえさん
なにがそんなにかなしいの

きょうも あめです
あしたも また
あめでしょうか

(C) Y.Karasawa, 1969.6.7.

君に上げよう
クローバー

   君に上げよう

緑の風薫る草原で
四葉のクロバー見つけたよ
君に上げようこのクロバー
きっと幸せが来るように
君と僕とに来るように

太陽の輝く砂浜で
きれいなさくら貝見つけたよ
君に上げようこの貝を
君の心が燃えるように
僕のために燃えるように

星空を二人で肩寄せて
じっと見つめよう泣かないで
君に上げようあの星を
君の願いがかなうように
君と僕とのこの願いが

(C) Y.Karasawa 1967.5.31


今日は、甥の結婚式です。
新郎新婦が幸せな家庭を築くことを祈り、この詩を捧げたいと思います。

唐澤豊@唐澤塾
ああ青春
黄色い百合

     ああ青春

ああ青春
かくもはかなき この世の定め
風にそむいて 生きる俺に
花は涙か 花は怒りか
こんな俺でも 夢はあるさ
可憐な百合の花を見ろ

赤いバラ

ああ青春
かくも楽しき この世の定め
俺の夢を 一つ一つ
破る花は 鈴蘭か
真紅に燃える バラの花か
すでに葉桜薫る五月

(c)Y.Karasawa 1965.5


赤いバラ

唐澤豊@唐澤塾

EC時代のCRMとコンタクトセンター:---その23
---最終回:2千年紀の残した課題---

もうすぐ20世紀が終わろうとしている。今世紀を振り返って、といった話題が多いが、私は過去2千年を振り返ってみたい。正確かどうかはわからないが、きょうはキリスト生誕から丁度2千年が過ぎたということになる。20世紀の今日、諸問題の発端を考えると、結局キリスト教が世界に広まり、その教義が社会の背景に大きく影響を与えたと言っても異論はないだろう。世界の文明化とは、すなわちキリスト教的思想の生活様式を取り入れるという方向で進んで来たと言えよう。

さて、その結果として今日の米国を中心とする自由競争を是とする資本主義経済が世界を圧倒し、最後の10年にはインターネットが開花したことにより、英語の世界公用語化が更に進んだ。IT革新の中心はやはり米国であり、ドッグイヤーと言われるようなスピードで次々と新しい技術とビジネスモデルを開発して知的財産権を握って行こうという戦略のようである。しかし米国の国民は皆豊かで幸せなのかというと、儲かっていたのは企業だけである。貯蓄率がマイナスの国であり、個人間の貧富の差は開く一方である。デジタルデバイドという新しい問題も新たに出ている。ホームレスは増えつづけ、銃犯罪・麻薬の浸透などもあって、決して安心して住める安全な国ではない。米国民が皆豊かで幸せであるとは言い難い状況である。しかしその国をモデルとして世界中のあらゆる国々がその生活様式を追いかけていると言っても過言ではないだろう。日本などその典型であり、過去50年程で、大きく近づいたと誰もが感じているだろう。このまま追いかけ続けて良いのかという議論が、ようやく少しづつではあるが出て来ているから、日本もまんざら捨てたものではない。

米国の諸問題を起こしている根本的な問題は何だろうか?私はその原因は2つあると考えている。その2つとは、1)宗教と科学の分離、2)進化論、であると思う。

科学は、誰がやっても再現することが条件とされており、再現されないものは非科学的と断じて葬り去られてしまう。しかし、この宇宙の仕組みは、あらゆる事象が本当に何度でも再現されるかどうかは、不明であるという方が正しいだろう。だからまだ科学で解明されていることは、氷山の一角にも至らないくらいのことしかないとも言われており、それは正しいと私は思う。ここに来てDNAの解明なども進んだが、人類はまだ新しいタンパク質を作り出せるわけではない。景気も再現性がないから科学されていない。「気」という文字が付く言葉は、人間の心、気の持ちようである「気持」に深く関係しているものが多いように思うがこれらは皆、科学の対象から外されて来た。それで良かったのだろうか?

一方、宗教の教祖は大抵の場合、他の人々よりも何か違うことが出来たので、それを超能力といったことで崇められたようなことが多いのではないかと思う。ほとんどの宗教が間違った道を辿ることになったのは、その弟子達には超能力があるわけでもないので、教祖の言動を正しく後世に伝えることができなかったためであると考える。しかし、最近の新興宗教と言うか、精神世界論者と言うような人達の多くが異句同様に言うことがある。それは、1)宇宙はひとつ、2)神は偏在する、という2つのことである。宇宙がひとつであるとすると、宗教も科学も分離して考えることは出来ないということである。

宗教と科学の分離から派生して、何でも分離・分類するという志向が生まれ、人間の豊かさも、心の豊かさを切り離し、経済的豊かさだけに重点が置かれるような時世になってしまったように思える。政治が宗教と分離されるべきというのが日本の現状では常識となっているが、他の国々では、1人の人間の中で政治と宗教を分離することはできない、と考えられている方が多いように思う。それどころか、宗教の違いが国境を決めているので、紛争が続いているとも言えよう。政治・宗教・経済・科学・芸術などは分離して考えることができない、というのが本来の姿なのではないだろうか。私のバックグランドは技術者であるが、最近は思考・精神・心・気持・霊魂といった今までの科学では究明されていないことを、21世紀は考えて行かなければならないのではないかと思う。アインシュタインなど、その道を極めた科学者達も晩年はこうしたところに踏み込んでいる例も多く、そこに多くの秘密の鍵があるように感じる。

さて、進化論は優れたものが自然淘汰で生き残る、それが種の進化あるいは進歩だということである。それから派生して自由競争の結果でも優れたものが生き残るのだという、競争ありきの自由主義経済を支える理論となっているように思う。競争は進歩・発展・進化・成長には必要であり、それらは全て人類のためには良いことだという考え方が現代の常識となっている。自然淘汰という考え方は間違っていないと思われるが、優れたもの、必要なものが生き残り、それが進化で後世になるに従って進んでいる、優れているという考え方が、正しいかどうかは疑問である。たまたまその自然環境に合ったものが生き残っただけであって、それは「進化」ではなく「変化」しただけではないか。

話をテーマの本論に移そう。ECの場合も、最初は分離・独立したバーチャルな世界だけで成り立ち、大きなビジネスに成長すると思われていたが、ここに来て「クリック&モルタル」ということで、従来型のリアルビジネスと並行して行かなければならない、という風潮になって来た。それは前述した分離と進化を是とする考え方が間違っているという私の考えからすると当然のことである。CRMという言葉は「顧客との関係を管理する」というので私は好きではないが、それはそれとして、ひとつのマーケティング手法として考えていたら、全社的な取り組みにはならないだろう。常にお客様の立場、使う人の立場で考えるということをあらゆる社員が実行することが真のCRMである。顧客データを分析・分類して管理したり、マーケティング戦術を考えるだけでは、個性豊な顧客が望んでいるものを提供することにはならないだろう。また私の仕事は○○だから直接CRMには関係ない、と思っているようでは、掛け声だけに終わってしまうだろう。

コンタクトセンターもしかりである。CRMを実現するためのコンタクトセンターとするならば、それが会社の中心として位置付けられていなければ機能しない。また、対面応対まで含めたお客様とのあらゆる通信手段を統合した仕組みでなければならないだろう。研究開発から始まり、製造、営業まで全ての部署がコンタクトセンターを通してお客様の声を聞き反映させるということができる企業は生き残るだろう。そうでなければ、20世紀に拡大し過ぎた経済活動は、調整に向かうので、21世紀はデフレの時代になり、お客様の心を掴むことが出来ない企業はやがて消えてしまうだろう。既にこうしたことを見事に実現して成功している企業が日本にもあることは、以前本コラムで述べた通りである。

21世紀は過去の分離・分類・競争・進化・拡大という考え方を捨て、融合・統合・協調・変化・調和ということに解決の道を求めなければならないだろう。

以上は、日経BP社のITProサイトのCRM&ERPコーナーに“Business Column-41”として12/25/00に寄稿したものです。

唐澤豊@唐澤塾
藤田嗣治展をやっと見て来ました
3月28日から5月21日まで、東京国立近代美術館で開催されている藤田嗣治展を見に行こうと思いつつ、なかなか時間が無くて、やっと今日、見に行って来ました。

切符を買うのに5分くらい、入場までに10分くらい待たされましたが、思ったほどの混雑ではなく、何とか全97点を見ることができました。

以前見たのは、今から38年前の1968年の追悼展でした。その時は122点ですから、今回の方が少ないことになります。その時、藤田の絵を見てから、彼のファンになりました。

やはり、藤田と言えば、誰も真似のできない、あの透けるような肌の裸婦の絵ですが、今回見ても、やはり1920年代と戦後に描いたものがこうした画風が多く、私は好きですね。

今回、印象に残ったのは、ポスターになっている「カフェにて」

と、「アージュ・メカニック(Machine Age)」という、子ども達とおもちゃや、掃除機、ミシンなどが描かれているものです。1958年~59年に描いたということから、多分、当時最新のメカニックを描いているのだろうと思いますが、こういう絵も描いたんだ、と新鮮に感じました。

また「誕生日」という丸テーブルに子ども達が椅子に座って、思い思いに、中央に置かれたケーキを待っている絵は、丸いケーキにロウソクという構図を大きくしたものが丸テーブルと子ども達、という構図になっているところがなかなか面白いと思いましたね。

まだご覧になっていない方は、風薫る五月で、皇居の新緑もきれいですから、お出かけになっては如何でしょうか?

唐澤豊@唐澤塾
ナベツネさんが変わった!
今朝、何気なくテレビを付けたらテレビ朝日になっていて、スーパーモーニングをやっていました。

そこで、鳥越俊太郎氏があの読売のナベツネさんに、初めてインタビューしたということでビデオが流れていました。

途中からだったのですが、右寄りと言われていた読売が、小泉首相の靖国参拝に反対する立場に変えた、といったような話でした。
それはナベツネさんが靖国神社に行き、遊就館という戦争資料館の展示を見て、その内容が戦争礼賛のようなもので、戦争経験者としては、正しい歴史認識を非経験者に伝えないとまずい、と思ったからだといったことでした。

▼遊就館については、下記に批判的な紹介があります:
【靖国神社は追悼施設か / こんな場所で平和は祈れない / 侵略を肯定する戦争神社】
http://www.mdsweb.jp/doc/892/0892_08a.html

ナベツネさんが、靖国参拝批判に回ると、今後の政治やマスコミの論調がどう展開されるか、なかなか興味深いものがあります。
私はまだ遊就館に行ったことは無いので、できれば連休の間に行ってみようかと思っています。
高圧的な独裁者といったイメージが強かったのですが、インタビューを聞く限り、なかなか好感が持てるなあ、と感じました。それは鳥越さんも、そうした感想を述べていましたが、日米関係については、見解の相違があるとも言っていました。そこは見逃したので、何とも言えませんが、今までの印象が変わったことは確かです。

明日もインタビューの続きが放送されるとのことなので、見逃さないようにしたいと思います。

唐澤豊@唐澤塾


PROFILE
唐澤 豊
  • Author:唐澤 豊
  • 還暦を期に長髪から一気に坊主頭にしました。これから20年間、第2の成人を迎えるまではこれでいこうと思います。でもやっぱり冬は寒いし、夏は暑いので、帽子を愛用しています。
    ●情報通信業界の米国系企業を中心に40年間、営業以外の仕事はほとんど経験。技術以外には、マーケティング・ブランディング、組織論、人事評価制度、企業文化なども経験。今まで3つ会社を始めましたが、被買収・売却などの後、4つ目の会社を後任に任せたところで、一昨年、仲間2人ともうひとつ会社を設立し、非言語コミュニケーションのサービスを開発中です。
    ●経営労働管理士。日本躾の会理事。
    ●音楽(ビートルズ、S&G、フォーク、ニューミュージック等)、グラフィックデザイン、水彩画を趣味とするので、マルチメディア技術の活用に大いに期待しています。読書、宇宙の真理探求が最近の趣味。ストレッチ、真向法、西勝造先生の西式健康法を実践中。
    ●故津留晃一さんの著作や講演録(CD)に触れて「人生の目的は体験することである」ということに納得しています。
    ●詳しいプロフィールは「自己紹介」のカテゴリーにあります。
  • RSS


  • CALENDER
    04 | 2006/05 | 06
    S M T W T F S
    - 1 2 3 4 5 6
    7 8 9 10 11 12 13
    14 15 16 17 18 19 20
    21 22 23 24 25 26 27
    28 29 30 31 - - -



    RECENT ENTRIES
  • 河合弘之弁護士が監督したドキュメンタリー映画「日本と再生」は必見(03/30)
  • かにひら(02/03)
  • コンピューターは人間を超えるか?(10/31)
  • 全ての原発は廃炉にするしかない!(10/27)
  • 躾読本「しあわせに生きる」を冨山房インターナショナルから11月3日発売(10/26)
  • ITのメリット・デメリット(後編)(09/28)
  • ITのメリット・デメリット(全編)(09/22)
  • ブログ「情報通信今昔 / ICT Now & Ago」を始めました(09/20)
  • 浅草に引っ越しました(07/05)
  • 躾啓発の重要性を再認識(02/25)


  • RECENT COMMENTS
  • 唐澤 豊(08/18)
  • Passer-by(09/12)
  • たけし(05/01)
  • 賀川一枝(10/28)
  • negishi rokurou(11/17)
  • 訪問者(11/17)
  • noga(07/22)
  • 唐澤(04/22)
  • 訪問者(04/22)
  • 唐澤 豊(11/11)


  • RECENT TRACKBACKS
  • 芸スポ総合+:【サッカー/女子】成績不振のなでしこジャパン「真っ白な顔をしてブランドバッグを持って歩いとる」と不安視される(NEWSポストセブン)(07/27)
  • 【2chまとめ】ニュース速報嫌儲版:イラク兵から悪魔と恐れられたアメリカ最強の狙撃手が狙撃され死亡(02/04)
  • ☆ 魔法の巻き物! ☆:すべてのツイートが保存される。(07/11)
  • JK1CWRのHAM Log:04.10 最近、迷惑に思うモノ・・・(04/10)
  • 論理的な独り言:ホンダのF1事業撤退から考察する自動車企業の在り方(12/15)
  • HPO:機密日誌:ネット通貨の勉強会の報告と人に残された時間(11/09)
  • クチコミブログをピックアップ:「mixi 規約」についてのクチコミブログをピックアップ(03/20)
  • 温暖化防止おひさまファンド ブログ:出資説明会をはじめました。(01/23)
  • めいの部屋:yahoo(12/28)
  • 囲碁の知識:(10/24)


  • ARCHIVES
  • 2017年03月 (1)
  • 2017年02月 (1)
  • 2016年10月 (3)
  • 2016年09月 (3)
  • 2016年07月 (1)
  • 2016年02月 (2)
  • 2014年10月 (1)
  • 2014年08月 (3)
  • 2014年06月 (2)
  • 2014年04月 (2)
  • 2014年02月 (1)
  • 2014年01月 (1)
  • 2013年12月 (1)
  • 2013年11月 (1)
  • 2013年10月 (12)
  • 2013年09月 (8)
  • 2013年06月 (1)
  • 2013年04月 (1)
  • 2013年03月 (1)
  • 2012年11月 (1)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (2)
  • 2012年08月 (1)
  • 2012年07月 (3)
  • 2012年06月 (4)
  • 2012年04月 (3)
  • 2012年02月 (1)
  • 2012年01月 (1)
  • 2011年12月 (2)
  • 2011年11月 (2)
  • 2011年09月 (3)
  • 2011年08月 (10)
  • 2011年07月 (13)
  • 2011年06月 (10)
  • 2011年05月 (12)
  • 2011年04月 (18)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (1)
  • 2011年01月 (2)
  • 2010年12月 (1)
  • 2010年11月 (1)
  • 2010年10月 (4)
  • 2010年09月 (3)
  • 2010年08月 (2)
  • 2010年07月 (3)
  • 2010年05月 (2)
  • 2010年04月 (7)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (2)
  • 2009年12月 (3)
  • 2009年11月 (3)
  • 2009年10月 (6)
  • 2009年09月 (6)
  • 2009年08月 (12)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (5)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (1)
  • 2009年03月 (4)
  • 2009年02月 (4)
  • 2009年01月 (6)
  • 2008年12月 (8)
  • 2008年11月 (9)
  • 2008年10月 (7)
  • 2008年09月 (13)
  • 2008年08月 (7)
  • 2008年07月 (7)
  • 2008年06月 (3)
  • 2008年05月 (11)
  • 2008年04月 (10)
  • 2008年03月 (10)
  • 2008年02月 (11)
  • 2008年01月 (12)
  • 2007年12月 (10)
  • 2007年11月 (7)
  • 2007年10月 (12)
  • 2007年09月 (14)
  • 2007年08月 (17)
  • 2007年07月 (11)
  • 2007年06月 (22)
  • 2007年05月 (18)
  • 2007年04月 (12)
  • 2007年03月 (7)
  • 2007年02月 (8)
  • 2007年01月 (17)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (8)
  • 2006年10月 (5)
  • 2006年09月 (8)
  • 2006年08月 (4)
  • 2006年07月 (7)
  • 2006年06月 (2)
  • 2006年05月 (8)
  • 2006年04月 (19)
  • 2006年03月 (28)
  • 2006年02月 (28)
  • 2006年01月 (32)
  • 2005年12月 (31)
  • 2005年11月 (30)
  • 2005年10月 (34)
  • 2005年09月 (43)
  • 2005年08月 (40)
  • 2005年07月 (44)
  • 2005年06月 (39)
  • 2005年05月 (27)
  • 2005年04月 (5)
  • 2005年03月 (4)
  • 2005年02月 (4)
  • 2005年01月 (4)
  • 2004年12月 (5)
  • 2004年11月 (4)
  • 2004年10月 (5)
  • 2004年09月 (4)
  • 2004年08月 (4)
  • 2004年07月 (5)
  • 2004年06月 (4)
  • 2004年05月 (4)
  • 2004年04月 (1)
  • 2004年03月 (1)
  • 2004年02月 (1)
  • 2003年11月 (1)
  • 2003年09月 (1)
  • 2003年08月 (3)
  • 2003年07月 (4)
  • 2003年06月 (4)
  • 2003年05月 (5)
  • 2003年04月 (3)
  • 2003年03月 (3)
  • 2003年02月 (2)
  • 2003年01月 (4)
  • 2002年12月 (3)
  • 2002年11月 (5)
  • 2002年10月 (4)
  • 1994年04月 (3)
  • 1901年12月 (1)


  • CATEGORY
  • 計象(百年の計) (10)
  • 神象(神とコンピューター) (32)
  • 信象(思想・信条・所信・哲学) (62)
  • 心象(文化・芸術・民俗・民芸) (61)
  • 天象(自然・環境・天文・気象) (36)
  • 身象(運動・医療・食事・健康) (33)
  • 風象(他者発信情報紹介・論評) (356)
  • 事象(祭事・催事・行事・告知) (104)
  • 智象(学習・教育・教養・倫理) (27)
  • 万象(政治・経済・社会・其他) (41)
  • 業象(組織・人事・経営・起業) (26)
  • 去象(電子郵便誌の配信記録) (98)
  • 法象(知財/教育/商/税/憲法等) (19)
  • 卒象(過去の寄稿・投稿文等) (96)
  • 推薦図書 (33)
  • 自己紹介(詳細版) (1)


  • LINKS
  • もうひとつのブログ「情報通信今昔」
  • もうひとつのブログ:デジタル写真版俳画の「e俳画@浅草」
  • 信奉する「津留晃一の世界」
  • 食事・運動など生活全般に渡る「西式健康法」
  • 日本躾の会:理事
  • アナザーソリューションを提供する「リンフネット」
  • 2011.3.11 福島第一原発切抜帖
  • 管理者


  • SEARCH




    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。