唐澤塾
唐澤豊が情報通信技術+経営術+人生術+創造性を中心に一期一会を追求する私塾
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【--/--/-- --:--】 スポンサー広告 | TRACKBACK(-) | COMMENT(-) |
教育現場からの報告
神奈川県で高校の先生をやっている、高校の同期から、教育界の現状について、下記のような報告を貰いました。
皆さんにも、教育現場の実情を知って頂きたいと思いますので、ご紹介致します。

 神奈川でも、この4月から中間管理職(呼称は総括教諭)が導入され、校長ー教頭ー中間管理職ー教諭の上意下達の構図が完成します。管理強化と成果主義がはびこるなかで、果たしてまともな教育実践がどこまで出来るのか大いに疑問が残ります。ここ数年、残念ながら、教育の近未来に希望を持てない教職員が急増しています。小生もその一人ですが、教職員がこんな状態で、生徒たちにどうして夢を与えられるような教育環境が整えられるか、憂えるべき深刻な状況にあります。

 学校という組織の持つ総合的な教育力は、教職員の総意に基づいた実践力によるものと考えます。その際、校長の力量も重要なポイントとなりますが、それは独断専行ではなく、教職員の共通理解を前提として、如何に教職員を目標達成に向けてやる気にさせるかというものです。残念ながら文科省、県教委にはそうした視点はなく、少しでも短期間に教育効果を挙げさせようと、学校どうし、生徒どうしで競わせています。少ない経費で如何にして多くの利潤をあげるかといった市場原理を、教育の場に無理やり持ち込んでいるような気さえします。教育の効果は長い目で判断されるものですが、「国家、企業に役立つ人間つくり」を早急に実現させようと躍起になっているようにも思われます。教職員の多忙化が進むばかりで、生徒と接する時間もなくなり、精神的「ゆとり」も今は昔の話しとなりつつあります。物事の判断でも、事細かにマニュアル化されていて、「裁量」の余地がますます失われてきました。

 少なくとも10年前までは、ほとんどの高校で職員会議が最高決議機関でした。職員会議で多数決で決まった事項は、よほどのことがない限り校長でも覆すことができませんでした。それが、日の丸・君が代が法制化されてから、急速に諮問機関化されてきました。神奈川の高校ではどの学校でも、日の丸・君が代の強制に反対する職員の声が圧倒的で、それに賛成する職員は、どの職場でもせいぜい10%程度でした。それでも、校長は県教委の有無をいわせない強圧的な姿勢に屈して、強行しました。従来の民主的な職場慣行が音を立てて崩壊していったのはそれからです。日の丸・君が代の法制化と前後して、議会での保守派の攻撃も一段と増してきました。そして、文科省、県教委、校長のいいなりになる教師(ヒラメ教師ー上しか見えないので)が、ますます管理職に登用されるようになってきました。東京では、君が代斉唱時に起立しない教職員が処分されるまでになり、いまや完全に戦前の暗黒時代に逆戻りの状態です。神奈川ではそこまで至っていませんが、早晩そうなるのではないかと危惧しています。


教育現場からの話になると、それが日教組の問題なんだ、日本教育をダメにしているのは彼らだ、という意見を聞くことがあります。しかし、この報告を書いて呉れた男は、思想的にもごく中道的な考え方の持ち主で、左寄りではないと私は思っていますので、そういうステレオタイプ(紋切り型)の評価は当てはまらないでしょう。国家権力の方針に対して、在野精神と自由民権精神で常に批判的であるというならば、その通りで、確かに国家権力寄りではないでしょう。しかし、政府も東京都など多くの地方自治体も右寄りに振れ過ぎている現在を是とするマスコミと、それに盲目的に追従している大衆の方が問題であると、私は思いますので、彼が書いている最後の危惧には共感しています。

唐澤豊@唐澤塾
http://sohmokutoh.blog9.fc2.com/
http://www.irisa.com/jp/
スポンサーサイト

この記事に対するコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2006/01/11 18:17】 | # [ 編集]


唐沢様へ初めてお便りします。以前に森田氏のHPを通して「カナリヤの歌」を引用していただいた京都の人間です。教育に関する私の体験を御話しします。以前地元の小新聞に投稿したものです。

学校における「平等」と「自主性」教育の問題点
「お話 その1」
宮津市のある小学校の四年のクラスには、教育に非常に熱心な先生がおられまして、その先生は、テストのとき、生徒の全部に90点以上を取らせたいと思い、試験が近づくと、黒板に問題と解答を書き出し、何回も何回も生徒に覚えさせていました。結果は聞いておりませんが、その父兄の一人は、先生の努力を奇異なものと感じておられました。
「お話 その2」
私の子供が小学生のおり、「学級通信」なるプリントを殆ど毎日の様に持って帰ってきました。始めは、先生も大変と思いながら、少しは目も通しておりましたが、そのうち、捨てる訳にもならす、ただ集積するに任したものです。日常化した膨大な量のプリントは子供にとって本来の連絡紙の意味を感じなくなり、本当に必要な内容を含んだものも含めて親に確実に手渡す事の大切さがだんだんとわからなくなってしまいました。知り合いの小学校教諭に聞きますと、そのプリントの作成に毎日時間を取られて、また、毎日なので書く内容に神経を使うため大変らしいです。費用対効果の意味で先生方に同情するだけではすまされない問題が内在していると思います。
「お話 その3」
最近小学校での運動会では、1等・2等・3等と順位をつけない学校があるらしい。幸いに、私の子供の学校では経験しなかったが、早く走れるのにふざけて走らない子供、玉入れでは相手の籠に玉を入れる子供、またそれを観戦する父兄のしらけた表情など、想像するに耐え難い光景を現実のものとしている小学校が少なからずあるようです。
「お話 その4」
私がPTAの地区の役員をしていた中学校で、毎年夏休みに行われている、生徒による古紙回収の行事での話し。
準備の為の役員会が開かれ、教務担当の先生からは以下のように説明されました。「この行事は生徒の社会学習の一つとして、生徒が自主的に計画して行うものです、父兄の方には、回収の為の車両を提供していただき、また行事が安全に行われるように指導してやって下さい」
行事当日の事 ・・・
行事後のPTAの役員会(反省会)の発言集
ある父兄 今年は生徒達が非常に協力的でスムースにできて、本当に助かりました。(私のところでもそうだったとの同調意見あり)
教務担当の先生  有難うございました、また来年も宜しく・・・
私の発言 皆さん、少し待って下さい。私の地区では以下のようでした。
     集合時間を厳守できていない、特に上級生に目立つ。
     集合して後、上級生からは、父兄に何の挨拶もなく、また、下級生にたいして何の指示もしない。
     様子を見ていると、班分けは出来ているらしく、ぞろぞろと出発する気配なので、回収道順等について車両を運転する父兄に説明をする様に注意をしたところ、明確に説明する何の資料も持っていない。回収前に、協力を依頼する文書を各家庭に配布していたようだが、そのリストも持っていない。回収作業が始まってからは、トラックの荷台に乗せろと上級生ほど要求する。
     以上の内容であり、先日、先生から言われていた、生徒が自主的に行う社会学習の観点から見ると、その目的からは、かけ離れた状態であった。それでも結果として、市からの助成金を含めて50数万円の収入が見込め、それで教材及びクラブ活動の資金が手に入り、生徒が自分達の力でこれを達成したと思うことは、教育上ゆゆしき問題であり、来年からは取り止めていただきたい。資金が必要ならPTA行事として行い、生徒に協力させればよい。(皆さん、しらけてシーン ・・・ )
「お話 その5」
今度は私が地区の公民館で文化委員をしているときのお話です。小学校
の夏休みを目前に、公民館の関係委員・小学校の担当の先生・市の教育
委員会からも課長が出席して、地区の子供たちの夏休みの過ごし方を指
導する為の会合でした。
学校の先生からは、海水浴の時の安全確保、交通事故に巻き込まれない
様に注意させるとか、規則正しい生活に留意させるとかの一般的注意を学校の夏休み中の行事とも関連させて発言しておられました。
次に教育委員会の課長は次のように発言されました。「学校では子供が自主性を発揮するように常に指導を行っております、夏休み中も、先生が言われたことを子供が自主的に出来る様に、指導してやってください」
何気ない発言に議事は順調に進むはずでしたが、その場にふさわしくない者が今年は紛れ込んでおりました。
私の発言 最近、教育の場でよく自主性が言われていて、修学旅行の行先も子供の意見を聞かれているそうです。何事でも自主的に出来ると言うことは、その事に関しては、すでに人間として完成できている事ではないでしょうか、我々社会人におきましても、簡単なことから難しい事までそれぞれに任しきるには、慎重な考慮を必要とされます。その人が結果の責任を取れる範囲において、本人にまかす(自主性にまかす)様にしないと、事業などは維持出来ません。もちろん自主性は大切な内容ですが、それを身に付けさせるのは、成人も含めて大変なことです。また自主性を発揮する為の自身の判断力を醸成させる為に、人は、広く他の意見を取り入れる習慣を身に付けないと出来るものではありません。生まれながらにして社会的に有効な自主的な判断力を持った子供などいるはずがありません。正しい自主性などは、その内容に応じて(簡単な事例から複雑な内容のものまで)教導されねば育つはずはないし、年少のころより、そういった、指導をきっちりされる方が、子供はより早く、正しい自主性を身につけることになるのではないでしょうか。子供達に正しい判断力が育っておれば自然に自主的にものを行うことが出来、結果として我々父兄が喜ぶことであります。真に子供の成長を願うならば、自分のことでも責任の取れもしない子供の判断の自由にまかせて、成り行きを見ているような悠長なことは、日々成長を繰り返すべきこの時期に適切では無いはずです。子供の判断の誤りはその都度きっちりと指摘してやる事の連続が教育であり、その必要がなくなった部分に比例して自主性が芽生えたと思うべきです。しかるに、最初に自主性ありきの今の発言が子供の成長にどの様な意味で有効かを、具体的な根拠を示して説明していただきたいものです。(またまた一同 シーン ・・・  )
これらは私の子育ての過程での出来事を中心に述べてきました。その中
によく出て来た、表題の「平等」と「自主性」について考えることにします。
広辞苑を引きますと「平等」とは「かたよりや差別がなく、すべてのものが一様で等しいこと」その用例としては「・・・に扱う」とか「男女・・」
のように、あるものとあるものの関係において平等の概念を当てはめることが正しい使い方であり、また「平等に分ける」の場合のように、平等の概念が適用できる対象について可能な言葉であります。しかるに、我々人間の能力・環境など、それ自体が平等になりえないものに、平等の概念を適用しようとする行為は、愚劣を通り越していて、このような概念を教師が持っているとすれば、直ちに矯正すべき内容であります。我々人間は、与えられた環境・身体・能力に応じて精一杯生きてゆく事が大切なのです。年少者の教育の場での神様になるような教育は、子供達が長じて社会生活に入って行く上に、大変な弊害をきたす以外のなにものでもありません。頭の良い子はそれを生かし・身体の頑丈な子はそれを利用するもよし、成長と共に、自分に応じた生き方を身に付けさせること、自分の長所を認識させることが義務教育時点での重大な課題ではないでしょうか。民主主義の世の中で、機会とか情報とか、社会的各種差別に対して平等を主張するのは結構ですが、人間自身が平等に生きられると思い込ませかねない教育は、この世ではやって欲しくないものです。
同様に「自主性」について、広辞苑では「他人の干渉を受けないで、自分で決定して事を行うさま」とあります。子供でも、成人でも、自らを成長させるにおいて、一番大切な心がまえは、見習うことです。その昔、我々老人の時代には、親は生活に追われていて、我が子の教育などは、ただ叱り付けることでした。その中で子供達は、やってならない事、善い事を自然に習ってきました。成人に達してからも、先輩達の仕事を盗むようにして覚えていったものでした。年少のころから、少しずつ確実なものを身に付けて、それが自信になり、判断力の根拠となって、他の人からも信頼されるようになりました。自主性などは、その過程で無意識のうちに醸成されてゆく、責任感を伴った自我に基づくものでなければなりません。自我とは、これも広辞苑によりますと哲学的には「認識・感情・意志・行為の主体を外界や他人と区別して言う語」、また心理学的には「意識や行動の主体を示す概念」、精神分析の世界では「イドから発する衝動を、外界の現実や良心の統制に従わせるような働きをする」とあります。自我の発育は心理学で言っておりますように、思春期に反抗期を伴って顕著になってくるものであり、個人の心的体験等によりそれぞれに差異があるものです。発育途上の子供に対して、択一的に、他動的に、まず先に、自主性の概念を教え込む等の手法によって、正常な自我を醸成させることが出来ると思っているのでしょうか。自主性と言う言葉を自我と置き換えて考えればそんなに単純に、教えて身につけさせられることではないはずです。自我の未成熟のまま自主性の概念のみが発達した、能力も責任感もない多くの人間が社会に出た時、社会の秩序が崩壊するのは目に見えております。
教育の場で「自主性」を云々するのは、如何にして正当な自主性を身に付けさせることが出来るかを、教育者自身が己に問う問題であり、子供に自主性を安売りするものではありません。まして、事例を与えて子供に実験させて悦に入っているのみの教育現場のあり方は、もってのほかの状況と考えます。「自主性」にたいする考え方が逆立ちしている様です。最近発表された教育基本法のなかにも「自主性を育てる教育」が方針として盛り込まれておりますが、その抽象的概念をかかげるだけで、教育現場の現状に対して余りにも無責任な対応といえます。子供の内面を伴わない自主性の意識を発揚させる教育が、それだけが全てと申しませんが、やたらと親や教師に反抗し、物事に責任を取れない子供が氾濫している原因となっていると思います。
以上、申し上げました様に、多くの教育関係者様におかれましては、広辞苑等をひも解かれまして、まず自らの語学力の再教育をされた方が、よいのではないでしょうか。従来の認識を変えられたほうが、自らの教員生活にゆとりも出来、崇高なる職業意識の満足にも効果のある事と、御提案申しあげます。
【2006/01/17 20:47】 URL | 河嶋義彰 #- [ 編集]

ワルドルフ学校のこと
おはようございます。

河嶋義彰さまの長文のコメント、見事なものです。

ワルドルフ学校の教育方針は、子供の自主性を育てるために、ちょっと違うアプローチを取っていますので、紹介したいと思います。

まず第一に、教育の主体は『子供たち』であリ、芸術活動である。
第二に、学校で起きることの責任の全ては、教師にある。
第三に、子供は発達途中であり、7年周期に段階的に変化するので、それに応じて対応せねばならない。
第四、そのために担任教師は生徒の教育期間、8年間全てを一貫して受け持ち、基本的に交代する事は無い。
第五、テストは子供を成績のみで区別し、一人の人間として扱わないことにつながるので、これを行わない。
同時に、成績表は点数ではなく、子供の発達状況のレポートとして、文章で保護者に通知される。

まだまだ書ききれませんが、卒業生はサラリーマンになるより、自由業(弁護士、文筆業、起業家)になる傾向があるそうです。

また、この教育により学ぶことの意味を悟り、ドイツの大学進学適正試験で、初の満点合格者を出しています。

で、日本でのワルドルフ学校設立の動きはと言いますと、文部科学省の教育規定に合わないため、ほぼ、不可能なので、文部科学省の管轄外の保育所で採用されているにとどまります。

【2006/01/20 09:29】 URL | 井筒三晴 #Lr6tztD6 [ 編集]

追伸:
ワルドルフ学校では、校長も教頭も居りません。
学校の方針は教師と保護者代表者(クラスペアレント)の合議制で決まります。

自分では無い、誰かに決められたことに従うだけの教師に教育された子供は、教師のように決められたことに従うことを良しとする大人になる?そんなにやわではないですよ。

器用な子は表面上は従うが内心は教師をバカにし、不器用な子は猛然と反抗してきます。
ワルドルフ学校では、親や教師への反抗は、子供が順調に発達しているサインである、とうけとめて、抑圧することは余りありません。
だからと言って、したい放題にさせるわけでは有りません。暴走しないよう、慎重に先導していきます。
【2006/01/20 09:39】 URL | 井筒三晴 #Lr6tztD6 [ 編集]

教育については誰でも一言あるようです
河嶋さん、井筒さん、

コメント、有難うございます。

教育については、まず、自分自身の経験があり、そしてお子さんの教育という経験もあるので、他の話題と違って、それぞれの人が色々な意見を持っているように思われます。

では、誰の意見が正しくて、誰かの意見が間違っているのかと言うと、それぞれの経験が異なるので、それぞれの方がおっしゃることは正しいのだと思います。だからなかなかひとつの方向性を出すのは難しいのだと思います。

色々な考え方があって、それを両親や子どもが自由に選んで受けることができるような制度にすることが一番いいように思います(ああ、これも私の意見ですね)。
【2006/01/23 12:57】 URL | 豊 #- [ 編集]


唐沢様へ、長すぎ勝手なコメントを読んでいただき有難うございます。気が付くのが遅くなり、今頃に、再度お便りします。私も 60歳になり、とかく物事に愚痴っぽくなったのではと思っております。唐沢様の考えを深く知らないまま、誰かに意見を聞いていただきたく投稿しております。
私などは全く知らなかったワルドルフ学校の教育方針を紹介してくださいましたが、かの方針はプラトン的な理想社会を想起させます。現代の病根の深さを考える時、誰かが、何かを考えてくれないものかと思います。
最近、社会の根源的な事を問う一文を「人類の環」と言う題でインターネット上に掲載しました。私自身は丹後の宮津でささやかな設計事務所をやっている程度のものです。稚拙なものでお恥ずかしく思いますが、1人でも多く読んでくだされば幸いです。
【2006/02/19 18:16】 URL | 河嶋義彰 #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://karasawajuku.blog10.fc2.com/tb.php/401-92979ce0

PROFILE
唐澤 豊
  • Author:唐澤 豊
  • 還暦を期に長髪から一気に坊主頭にしました。これから20年間、第2の成人を迎えるまではこれでいこうと思います。でもやっぱり冬は寒いし、夏は暑いので、帽子を愛用しています。
    ●情報通信業界の米国系企業を中心に40年間、営業以外の仕事はほとんど経験。技術以外には、マーケティング・ブランディング、組織論、人事評価制度、企業文化なども経験。今まで3つ会社を始めましたが、被買収・売却などの後、4つ目の会社を後任に任せたところで、一昨年、仲間2人ともうひとつ会社を設立し、非言語コミュニケーションのサービスを開発中です。
    ●経営労働管理士。日本躾の会理事。
    ●音楽(ビートルズ、S&G、フォーク、ニューミュージック等)、グラフィックデザイン、水彩画を趣味とするので、マルチメディア技術の活用に大いに期待しています。読書、宇宙の真理探求が最近の趣味。ストレッチ、真向法、西勝造先生の西式健康法を実践中。
    ●故津留晃一さんの著作や講演録(CD)に触れて「人生の目的は体験することである」ということに納得しています。
    ●詳しいプロフィールは「自己紹介」のカテゴリーにあります。
  • RSS


  • CALENDER
    07 | 2017/08 | 09
    S M T W T F S
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -



    RECENT ENTRIES
  • 躾は能力に勝つ(06/28)
  • 河合弘之弁護士が監督したドキュメンタリー映画「日本と再生」は必見(03/30)
  • かにひら(02/03)
  • コンピューターは人間を超えるか?(10/31)
  • 全ての原発は廃炉にするしかない!(10/27)
  • 躾読本「しあわせに生きる」を冨山房インターナショナルから11月3日発売(10/26)
  • ITのメリット・デメリット(後編)(09/28)
  • ITのメリット・デメリット(全編)(09/22)
  • ブログ「情報通信今昔 / ICT Now & Ago」を始めました(09/20)
  • 浅草に引っ越しました(07/05)


  • RECENT COMMENTS
  • 唐澤 豊(08/18)
  • Passer-by(09/12)
  • たけし(05/01)
  • 賀川一枝(10/28)
  • negishi rokurou(11/17)
  • 訪問者(11/17)
  • noga(07/22)
  • 唐澤(04/22)
  • 訪問者(04/22)
  • 唐澤 豊(11/11)


  • RECENT TRACKBACKS
  • 芸スポ総合+:【サッカー/女子】成績不振のなでしこジャパン「真っ白な顔をしてブランドバッグを持って歩いとる」と不安視される(NEWSポストセブン)(07/27)
  • 【2chまとめ】ニュース速報嫌儲版:イラク兵から悪魔と恐れられたアメリカ最強の狙撃手が狙撃され死亡(02/04)
  • ☆ 魔法の巻き物! ☆:すべてのツイートが保存される。(07/11)
  • JK1CWRのHAM Log:04.10 最近、迷惑に思うモノ・・・(04/10)
  • 論理的な独り言:ホンダのF1事業撤退から考察する自動車企業の在り方(12/15)
  • HPO:機密日誌:ネット通貨の勉強会の報告と人に残された時間(11/09)
  • クチコミブログをピックアップ:「mixi 規約」についてのクチコミブログをピックアップ(03/20)
  • 温暖化防止おひさまファンド ブログ:出資説明会をはじめました。(01/23)
  • めいの部屋:yahoo(12/28)
  • 囲碁の知識:(10/24)


  • ARCHIVES
  • 2017年06月 (1)
  • 2017年03月 (1)
  • 2017年02月 (1)
  • 2016年10月 (3)
  • 2016年09月 (3)
  • 2016年07月 (1)
  • 2016年02月 (2)
  • 2014年10月 (1)
  • 2014年08月 (3)
  • 2014年06月 (2)
  • 2014年04月 (2)
  • 2014年02月 (1)
  • 2014年01月 (1)
  • 2013年12月 (1)
  • 2013年11月 (1)
  • 2013年10月 (12)
  • 2013年09月 (8)
  • 2013年06月 (1)
  • 2013年04月 (1)
  • 2013年03月 (1)
  • 2012年11月 (1)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (2)
  • 2012年08月 (1)
  • 2012年07月 (3)
  • 2012年06月 (4)
  • 2012年04月 (3)
  • 2012年02月 (1)
  • 2012年01月 (1)
  • 2011年12月 (2)
  • 2011年11月 (2)
  • 2011年09月 (3)
  • 2011年08月 (10)
  • 2011年07月 (13)
  • 2011年06月 (10)
  • 2011年05月 (12)
  • 2011年04月 (18)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (1)
  • 2011年01月 (2)
  • 2010年12月 (1)
  • 2010年11月 (1)
  • 2010年10月 (4)
  • 2010年09月 (3)
  • 2010年08月 (2)
  • 2010年07月 (3)
  • 2010年05月 (2)
  • 2010年04月 (7)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (2)
  • 2009年12月 (3)
  • 2009年11月 (3)
  • 2009年10月 (6)
  • 2009年09月 (6)
  • 2009年08月 (12)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (5)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (1)
  • 2009年03月 (4)
  • 2009年02月 (4)
  • 2009年01月 (6)
  • 2008年12月 (8)
  • 2008年11月 (9)
  • 2008年10月 (7)
  • 2008年09月 (13)
  • 2008年08月 (7)
  • 2008年07月 (7)
  • 2008年06月 (3)
  • 2008年05月 (11)
  • 2008年04月 (10)
  • 2008年03月 (10)
  • 2008年02月 (11)
  • 2008年01月 (12)
  • 2007年12月 (10)
  • 2007年11月 (7)
  • 2007年10月 (12)
  • 2007年09月 (14)
  • 2007年08月 (17)
  • 2007年07月 (11)
  • 2007年06月 (22)
  • 2007年05月 (18)
  • 2007年04月 (12)
  • 2007年03月 (7)
  • 2007年02月 (8)
  • 2007年01月 (17)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (8)
  • 2006年10月 (5)
  • 2006年09月 (8)
  • 2006年08月 (4)
  • 2006年07月 (7)
  • 2006年06月 (2)
  • 2006年05月 (8)
  • 2006年04月 (19)
  • 2006年03月 (28)
  • 2006年02月 (28)
  • 2006年01月 (32)
  • 2005年12月 (31)
  • 2005年11月 (30)
  • 2005年10月 (34)
  • 2005年09月 (43)
  • 2005年08月 (40)
  • 2005年07月 (44)
  • 2005年06月 (39)
  • 2005年05月 (27)
  • 2005年04月 (5)
  • 2005年03月 (4)
  • 2005年02月 (4)
  • 2005年01月 (4)
  • 2004年12月 (5)
  • 2004年11月 (4)
  • 2004年10月 (5)
  • 2004年09月 (4)
  • 2004年08月 (4)
  • 2004年07月 (5)
  • 2004年06月 (4)
  • 2004年05月 (4)
  • 2004年04月 (1)
  • 2004年03月 (1)
  • 2004年02月 (1)
  • 2003年11月 (1)
  • 2003年09月 (1)
  • 2003年08月 (3)
  • 2003年07月 (4)
  • 2003年06月 (4)
  • 2003年05月 (5)
  • 2003年04月 (3)
  • 2003年03月 (3)
  • 2003年02月 (2)
  • 2003年01月 (4)
  • 2002年12月 (3)
  • 2002年11月 (5)
  • 2002年10月 (4)
  • 1994年04月 (3)
  • 1901年12月 (1)


  • CATEGORY
  • 計象(百年の計) (10)
  • 神象(神とコンピューター) (32)
  • 信象(思想・信条・所信・哲学) (62)
  • 心象(文化・芸術・民俗・民芸) (61)
  • 天象(自然・環境・天文・気象) (36)
  • 身象(運動・医療・食事・健康) (33)
  • 風象(他者発信情報紹介・論評) (356)
  • 事象(祭事・催事・行事・告知) (104)
  • 智象(学習・教育・教養・倫理) (27)
  • 万象(政治・経済・社会・其他) (41)
  • 業象(組織・人事・経営・起業) (26)
  • 去象(電子郵便誌の配信記録) (98)
  • 法象(知財/教育/商/税/憲法等) (19)
  • 卒象(過去の寄稿・投稿文等) (97)
  • 推薦図書 (33)
  • 自己紹介(詳細版) (1)


  • LINKS
  • もうひとつのブログ「情報通信今昔」
  • もうひとつのブログ:デジタル写真版俳画の「e俳画@浅草」
  • 信奉する「津留晃一の世界」
  • 食事・運動など生活全般に渡る「西式健康法」
  • 日本躾の会:理事
  • アナザーソリューションを提供する「リンフネット」
  • 2011.3.11 福島第一原発切抜帖
  • 管理者


  • SEARCH




    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。